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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その30~決闘①~

 遠征軍は連戦連勝だった。さすがに宰相のロンは獣人にしては戦術に長けており、またカザスによって人間の戦術の中で獣人に適用できそうなものについて話し合ったため、グルーザルドの軍隊は今までのような個々の能力に任せた戦い方ではなく、以前よりも組織だった戦いを展開できるようになっていた。

 他の獣人国に比べ、まがりなりにも戦術を用いてきたグルーザルドだからこそ、彼らもロンが次々に繰り出す作戦に対応し、よく戦った。戦功を成した者の名は次々とグルーザルドに届けられ、その名が知られるようになっていくと、その中にヤオの名前が度々挙がるようになっていたが、ニアは粛々として鍛錬に打ち込み、またロアもアビーもそのことを口に出して喜んだりはしなかった。

 そして雪が完全に消える頃、遠征軍帰還の報が告げられた。同時に、ニアとカザスの出立が近い時期でもある。それは、ニアとヤオの戦いが迫っている合図でもあった。


「ニアさん、準備はよろしいですか?」

「・・・ああ、できる限りのことはしたつもりだ」

「本当にやるのですね?」

「ああ」


 ニアの瞳には迷いがなかった。カザスはそんな彼女を誇らしく思う。


「ニアさん、結果がどうあれ私の気持ちに変わりはありません。その事だけは知っておいてください」

「私はカザスの事を信じている。だが同時に獣人にとって決闘の掟は絶対だ。私が獣人である以上、掟には従わねばならないだろう」

「ええ、だからこそ」

「ああ、最善ではないが、全てを尽くす」


 ニアはカザスの手を取ると、そこに額をこつんと当てた。目を瞑り、瞑想しているようである。


「私に、力を」

「ええ、貴女に勝利を。ところで――」

「なんだ?」


 ニアが不思議そうな表情をしたが、カザスはやはり口に出すのをやめておいた。


「いえ、終わってからにしましょう。その方がよさそうだ」

「? 変な奴だな」


 ニアは首をかしげて出て行ったが、カザスは困ったように笑っていた。ニアは元々アムールを手伝うためにグルーザルドに戻ってきたはずなのに、すっかりそのことを忘れているからだ。もっとも、思ったよりも大変な事態になったせいで、アムールの方がニアに声を駆けるのを遠慮していたのだが。そもそも、獣人の裏切り者はどうなったのか。


「まあ、ニアさんでは結局真実には至らなかったでしょうねぇ。これもまた天の采配ですか。ニアさんの代わりに私が動いたことで、色々な事がわかりました。

 さて、こちらも始めますかね。グルーザルドでの、最後の大仕事です。むしろこのために1年を費やたことになりましたか」


 カザスもまた、自分がこの1年近くで仕込んでおいたことを計画に移そうとしたのである。伊達にカザスは地面を耕したり、獣人たちと交流を持っていたわけではない。

 戦いは明日夕暮れ時、ニアが訓練で使っていた風の丘と呼ばれる場所の一角にて行われる。


***


 ニアとヤオが戦う場所には、大勢の群衆が集まっていた。彼らは円陣を組み、その中にできた空間でニアとヤオが戦うようにした。限られた空間での戦いは、速度で勝るヤオよりもニアにとって優位。そう考えられたが、始めからそのような空間を意図したわけではなく、ただただ群衆が戦いを見たいがために円となり、後ろから押されて円が縮まったのである。

 この戦いはグランバレーの住人達がいつの間にか知るところとなった。人間の男を賭けた、姉妹の決闘。完全に醜聞ゴシップの類であるが、興味を惹かれるのは獣人も人間も同じらしい。観衆の中には獣将や、ロア、アビーもいた。もちろんアムールやゴーラもである。

 杖をついて現れたロアは、少し高いところから彼女達の様子を見守るようであった。彼の姿を見かけて、ロッハやヴァーゴが挨拶に来る。


「お久しぶりです、ロア教官」

「懐かしい呼び方だな。まだ新人の時の教官と訓練生の印象が抜けねぇのか?」

「あれだけやられれば、それは。顔の形が変わったことは一度や二度ではなかったですから。本当に世代が近いのかと、グルーザルドの壁は高いと気を引き締め直しましたよ。ヴァーゴの奴なんか、夢に貴方がでてくるものだから何度夜に漏らしそうになって厠に駆け込んだか」

「ちげぇだろ! 悪夢にうなされて起きただけだ!」

「人聞きの悪い。ロッハをぶちのめしたのは態度が悪かったからだし、ヴァーゴを絞ったのは出来が悪かったからだ。それが今や獣将とはな。お前たちを見ていると、俺は王にでもなれたのかと勘違いしそうになる」


 珍しいロアの軽口に、ロッハが笑顔で返した。


「あるいは、そういう可能性もあったのかもしれませんよ?」

「よせ、終わった男に今更夢を見させるな」

「終わっていませんよ。ニアとヤオがいる」

「女が獣王か? それも新しいな。だがドライアンがいる限り、それはない。奴のようにはなれんさ」

「まあ、彼女たちの資質はこの戦いでわかるでしょう」


 そう言ったロッハが見つめる先には、観衆の中既にニアが胡坐をかいて座っていた。その目は閉じられており、まるで悟りを開いた修験者のように、彼女は顔色一つ変えず座っていた。周囲の観衆たちの喚声も、まるで耳に届いていないらしい。


「良い集中じゃ、雑念は一切ない。瞑想も効果があったのう」

「ええ、そうね。まさかあのじゃじゃ馬が、ああいった闘気を練るようになるとわねぇ」


 別の場所ではゴーラとアムールが話し合う。アムールの意見に、ゴーラは首を振った。



続く

次回投稿は、12/12(木)19:00です。

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