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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その29~修行③~

「出征の辞令が下ったそうだな」

「ええ」


 遠征の仕度をするヤオを見て、ロアがいつも通り語りかける。ヤオは既に近隣で何度かの戦いを経験しているため、初陣というわけではないが、遠征らしい遠征は今回が初となる。ならばもう少し温かい言葉や気遣いがあってもよさそうなものだが、この二人はいつも通り淡々と話し合うのみだった。


「明日の早朝、発つわ」

「どのくらいの戦いになりそうだ?」

「さあ、戦場についてから確かめる。ただ物見の報告だと、ここ数回の掃討戦の中では一番大きくなりそうだって。空席の獣将の座もあるし、皆張り切るんじゃないかしら」

「なるほど。どのみち激しくなりそうだな」


 頷くロアと、やや心配そうに見守るアビー。ヤオは緊張していないのか淡々と準備をすると、家を出て行こうとする。その後ろ姿を、当然ニアも見送った。決闘を決めてから、もう二人は長いこと必要最低限しか会話をしていない。ニアもどことなくぎこちなく、ヤオの背から声をかけた。


「・・・無事でな」

「姉さん、忘れないで」


 その時、ヤオがくるりと振り向いたのだ。その瞳には、確かにありありと強い光が浮かんでいた。これから戦いに行くという気概ではなく、また別のぎらりとした光だった。


「戦は早々に終わらせて帰って来るわ。だからそれまでグルーザルドから出ない事。逃げて戦いをなし崩しにするなんて許さないわ。もし逃げても、地の果てまで追いかけるから」

「ヤオ・・・」


 少し気後れするニアをよそに、ヤオは足早に家を出て行った。もう後ろを振り返る事もない。


「ヤオ、なぜそこまで私と戦いたがるんだ・・・私はそんなにお前に嫌われているのか? それともそんなにカザスの事が・・・」


 ニアは項垂れてヤオの背を見送ったが、ロアもアビーも彼女の消え入りそうな問いかけに答えることはなかった。


***


 グランバレーに冬が来た。グランバレーは大陸でもかなり南部にあるため、雪が降る事は滅多にない。だが今年ばかりは事情が違った。何十年かぶりに深々と降る雪はグランバレーに降り積もり、多くの獣人たちが家から出てこなかった。深い雪にグランバレーの交通網は遮断され、多くの獣人たちがグランバレーの備蓄で冬を乗り切ろうとした。

 獣人は寒さに弱い種族が多い。種族ごとに如実に出るその差は、そのまま彼らの生活のありように直結した。しくも、カザスが提案した軍人の戸籍表により、寒さに強い種族がこの間運搬や何やらで活躍することとなる。

 ヴァーゴ、リュンカ、バハイア、カプルやロンまで前線に赴いたため、獣将の中でグランバレーに残るのはロッハとチェリオだけである。南方戦線に出向き生き残った他の四将はそれぞれの戦地にて活躍したり、あるいは自らの領地にて戦いの傷をいやしたりしていた。


「その方が獣将らしいがな」

「そうですか? 俺は平和も良いと思ってますけど」

「気概のねぇ奴だ」

「新世代と言ってくださいよ、先輩」


 チェリオとロッハがニアの稽古をつけながら、そんな他愛ない会話をしている。ニアの実力がロッハに届かないのは明白だったが、それにしてもチェリオもさすが獣将に抜擢されるだけあって、その軽薄な態度とは違い実力は確かだった。種族の相性としてはニアが圧倒的に有利なはずなのに、まるでその差を感じさせない。

 チェリオは技術として何がすごいというわけではない。ただ、一つ一つの間の取り方、戦い方。狡いところまで含めて、チェリオは戦い方が上手かった。もちろん、今見せている以外にも切り札があるだろうにしても、基本的な技術が練り込まれ、戦い方一つとっても考えられている。ニアは切れた息で問いかけた。


「はあ、はあ・・・チェリオ殿、一つよろしいか」

「なんだい?」

「その――あなたの戦い方というのは、どこで学ばれたのですか?」

「え、喧嘩だけど?」


 チェリオのあっけらかんとした物言いに、ニアは力が抜ける気がした。型のない戦い方から、なんとなく想像はしていたのだが。

 チェリオは続ける。


「正確には喧嘩を元に、色んな軍事格闘を加えた戦い方かな。俺はほら、その辺でくだを巻いてるごろつきだったからさ。飯のタネと思って、軍隊に入ったわけで」

「そ、そんな適当な」

「適当でもなんでも、強けりゃ将軍になれる。この国の制度は問題もあるが、夢もあるのさ。言っておくけど、俺に愛国心やドライアン王に対する忠誠心がないってわけじゃないんだぜ? こう見えてもお国のために働こうっていう気概はあるんだ。

 だけど真面目な奴が俺と戦うと、調子を狂わせるってのは本当だね。この戦法は参考になると思うけど?」


 チェリオの言葉にニアははっとした。生真面目な戦い方。それは確かに自分だけでなく、ヤオにも当てはまる言葉だ。ニアは急に体に力が戻ってくるような気がして、よろける足に喝を入れて立ち上がった。


「もう一戦、お願いします!」

「いいねぇ、そうこないと。真面目な奴は好きじゃないが、やる気がある奴が嫌いなわけじゃない。飽きるまでは付き合ってあげるよ」

「飽きたら言うがいい、俺が変わろう」


 ロッハの援護の元、ニアとチェリオの訓練が再度始まっていた。


***


 雪の中、やることのない軍人たちはニアとヤオの話を聞きつけ、ニアの訓練に付き合ってくれるようになった。獣人たちも白一色の世界に退屈していたのだろうが、それ以上にニアのひたむきさに協力を申し出る者が多かった。

 そもそもニアがグルーザルドを出奔する前、彼女には友人が多かった。ニアは別段愛想が良い方ではなかったが、彼女はロアの娘というだけで人の注目を引いた。それだけ軍内にはロアの世話になった者が多かったと言える。だがニアはロアの娘であることを別段ひけらかすでなく、ただひたすらに訓練に打ち込んだ。その様子は、若かりし日のロアに似ており、彼女には自然と協力者が増えていたことを本人は知らなかった。

 またアムールが彼女に冷たい扱いをしたことも、同情をひいていた。そんな要素が相まって、ニアは軍内では比較的人気がある戦士だったのだ。100人長となるには自分で部下を募集する必要があるのだが、ニアはまだ100人長となる前から、その部下にと志願する者が多かったのも、彼女も知らない話である。

 ニアは多数の獣人たちの協力を得て、様々な状況で戦った。体の大きなクマの獣人5人と乱取りをしたり、あるいは複数の種族の獣人を相手取ったり、中には座った状態だけでの戦いなどというものもあった。そしてニアは夕方になると瞑想を行い、それらの戦いの事をじっくりと思い出していた。ゴーラは、その様子を何言うでもなく、微笑んで見つめていたのだった。

 そしてニアは訓練に夢中のため、カザスはやや放っておかれる時間が増えた。畑仕事もできないカザスは暇を持て余していたが、同時にアムールとドライアンの元を行き来するようになった。時々、カザスとドライアンが夜通し語り合っていることを、ニアは気が付いていた。だが、その内容まではカザスは中々教えてくれなかったのだ。


 時間が過ぎるのは早い。グルーザルドの雪は二月も経つ頃さすがに消え始め、同時に外部の情報も入ってくるようになった。まず入ってきた情報は、国民が気にするところの遠征軍の様子である。



続く

次回投稿は、12/10(火)19:00です。

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