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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その27~心配事①~

「ふぅん。ドラちゃんったら、いつも熱いわねぇん。こんなにしちゃって・・・」


 執務室で書簡を見ながら、おかしな感想と独り言を漏らすのはアムールである。彼の執務室は開け放しになっている。そもそも獣人の住居には開閉式の扉をつける習慣自体がないが、アムールはその立場から重要な書類のやり取りをすることが多い。だから彼はうかつに立ち入ることができないように扉をつけたのだが、仕事の時は逆に開け放つのが慣わしとなっていた。

 以前部下になぜそうするのかと問われたが、その方が気分が出るから、という理由で一蹴された。気分が出るのは構わないのだが、その変な独り言を止めてくれとまでは言えない部下がそこにいた。

 だが、アムールは趣味でそのような言葉をつぶやいているのではない。もちろん扉を開け放ってわざわざ人に聞かせているのでもない。アムールの部下はその性質上、自らの立場や任務を明かせない者もいるため、アムールはわざと執務室を開け放ち、その前を通る連絡員に独り言の中に暗号文を混ぜて連絡する方法を取った。

 つまりアムールの部屋の前を通りながら彼の言葉を聞き青ざめる者の中に、何人かの連絡員が混じっているのである。もっとも、連絡員も本当に青ざめているのかもしれないし、ただの変な独り言も混ざっているかもしれない。

 ともかく、アムールの性癖や真実がどうあれ、彼の頭の中は口調とは裏腹に真剣そのものであった。


「(何々、ドラグレオはクライアとヴィーゼルの戦争の中、行方不明と。黒の魔術士が一堂に会する中、ティタニアとブラディマリアも行方不明。ふん、そりゃそうさ。今頃ブラディマリアは南の大陸で出産の真っ最中だ。さしもの奴も身柄を東の国に預けてガキを産む気にはならなかったか。惜しいな、奴を仕留める絶好の機会だったんだが。アルネリアもぼんくらだな、ブラディマリアの居所までは掴んでいなかったか。

 いや、掴んでいたとしてもさすがに無理か。現在ミリアザールが命じて、外部戦力も動員しての八重の森の攻略中だ。三層まで抜いただけでも大したもんか。いつカラミティが出てくるのかわからなくてびくびくしながらの戦いの割に、かなり進んでいる方だ。さらにブラディマリアの拠点まで攻めろってのは無理だろうな・・・それに奴のねぐらには常に執事達バトラーが詰めているのは調査済みだ。近寄っただけで並みの軍隊なら消されちまう。

 それにしてもブラディマリアと浄儀白楽のガキか・・・浄儀白楽は一体何をするつもりなんだ? おそらくこのことを知っているのは俺とあと数名だが、ブラディマリアの尖兵に進んでなる事で――いや、それにしてもやり過ぎだと思うが、何をどう考えりゃあんな化け物と添い遂げる気になるんだろうな。気違いか、大傑物か。結果だけ見れば東の鬼どもが一掃されたことで、東の大陸は成立以来初めてと言って良い程平和な時期になっている。退魔協会の役目はこれじゃあ終わっちまうじゃねぇか。

 いや、それとも――退魔協会を使って、他にやりたいことでもあるのか? そうだとしたら――いちおう魔術協会とアルネリアに連絡しておくか。あと、ドライアンにもな)」


 アムールは思い直したが、書簡はしたためない。彼が書簡を使うのはどうでもよい連絡の時で、肝心な連絡こそ伝言で行っていた。彼の暗号は何人かが持つ暗号の解読文を通じて初めて最後い伝えたい相手に意味が分かるものになっていたし、次に伝言を伝える相手はそれぞれにしかわからなかった。その連絡方法も様々で、落書きだったり、あるいは町の伝言板に残したり、中には洗濯物の干し方で伝える、なんてものまであった。

 それでも魔術士たちが本気を出したら追跡できないものではなかったのだろうが、幸いにして今の所そのような動きはなかった。何せ、アムールはテトラスティンともつながりがあったのだから。

 アムールが間諜を始めて間もなく、どこから聞きつけたのかテトラスティンとリシーが目の前に現れた。彼らはアムールとグルーザルドに有益になるように取引を持ちかけると、同時に魔術士によって彼らの活動が制限されないように約束した。また、アルネリアの影響を受けないように活動させてやるとも。アムールは何やら腹黒いものを感じたが、アルネリアの危険性をどことなく感じていたアムールにとっては、魅力的な申し出だった。

 だがテトラスティンが離反したことにより、アムールの活動は難しくなった。テトラスティンの後を継いだフーミルネはテトラスティンよりも話しにくく、アムールを値踏みするような態度を見せた。アムールはフーミルネの事を狡猾で野心家で切れ者だとは思ったが、懐の深さについては疑問視した。テトラスティンは人格者かどうかはともかく、清濁を併せ持つことなどはとうに超えている雰囲気をもっていた。少なくとも悪党を内包したからと言って、その身を邪悪に染めるわけではなく、聖人を仲間にしたからといって、善行を行うわけではないことをアムールは知っていた。そのテトラスティンに比べれば、どうもフーミルネは考えていることがわかりやすい。アムールにとっては有益で必要だが、つまらない取引相手だった。

 そのフーミルネに比べれば、彼の部下であるイングヴィルの方が余程興味深かった。何度か既に会話をしているが、彼の宵闇のような立ち位置がアムールは気に入っていた。フーミルネの忠臣としての立場を確保しているにも関わらず、その全てを誰にも捧げていない所がアムールは気に入っていたのだ。

 同じような人物は他にもいる。勇者アーシュハントラもそうだし、アルネリアの巡礼ブランディオもそう。ミナールが死んだのは残念だったが、最近ではアルフィリースや、その元にいるラインも興味深い。彼らとの会話はアムールを退屈させない。アムールは彼らとの会話や、時に行う取引を楽しむ自分がいることに、いつの間にか気が付いていた。


「(まあ結局向いていたんだろうな。俺には戦いに対する欲求よりも、こういった知識欲、探究欲の方が余程強い。世界がこれからどう動いていくか、考えるだけでも面白いものな。だからこそ、この大陸そのものに害をなすような連中は許せん。必要ない戦いをまき散らす奴は、断固この俺がその正体を暴いて叩き潰してやる)」


 今ではアムールは、ドライアンやグルーザルドに対する忠誠というよりは、自らの要求に従い、上手く自分の立場を利用しながら生きていた。だからこそ、彼は最も獣人らしい獣人として、ドライアンに気に入られているのだった。

 アムールは今日も自分の元に届く情報を整理しながら、連絡を各所に飛ばしていく。今や彼はグルーザルドの間諜としてだけではなく、諸国、各組織共有の間諜でもあったのだった。その属性は正邪を問わず、ただアムールの匙加減によってのみ、決まる。



続く

次回投稿は、12/6(金)20:00です。

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