獣人の国で、その24~南方戦線③~
「戦いの最中、魔術士を見たか?」
「いえ。敵に呪術師のような者はいましたが、それほど大層なものではなかったと」
「――そうか」
それきりドライアンがむすっとして黙り込んだので、全員が息を飲んで次の言葉を待った。腕を組んで椅子に深く腰掛けたドライアンが思案顔で何かを考えていたが、やがて彼はゆっくりと顔を上げた。
「使者よ。『王の鼻』を貸してやる。前線に散開させとけ。散開のやりかたはくじで決め、誰にも悟らせるな。王の鼻、互い同士にもだ」
「ははっ!」
「アキーラ、ニジェールの代わりになりそうな人材はいるか?」
「しばしの間であれば、代行は獣将補佐たちで務まるかと」
「ならばそのまま南方戦線は継続だ、前進する必要はなし。使者よ、下がってよい。他の者ははずせ、獣将と宰相のみ残れ」
その言葉で全員が一礼すると、獣将を残して書記官なども去って行った。その場に残ったのはドライアンと宰相のロン、獣将6人のみであった。獣将はロッハ、ヴァーゴ、リュンカ、それにフクロウの老将カプル、ウマ族の獣将バハイア、ネズミ族で最年少の獣将チェリオであった。
ドライアンがゆっくりと口を開く。
「てめえらは信頼ができると思うから残した。こっから先の話は口外無用だ。いいか?」
「「「「「「御意」」」」」」
「まあ国王様がそう言うなら、黙らざるをえないよねぇ~。そもそも余計な事を言ったら永遠に口がきけなくなるだろうし」
「その台詞が余計だと言っている」
緊張感のないチェリオを、バハイアが辛辣に批判する。チェリオはどこ吹く風であり、カプルはその傍でにこやかに笑っていたが。
いつものやり取り。ゆえにドライアンも安心したのか、覚悟を決めて話し始めた。
「アキーラ、ニジェールをやった奴の見当はついている。それは――」
「アルネリア教会でしょ?」
ドライアンの言葉をチェリオが奪った。その言動に全員がぎょっとしたが、ドライアンもまたそれは同様であった。
「チェリオ、テメェ――」
「いやだなぁ、王様。俺の事馬鹿だと思ってた? ロッハや王様がやってるように、俺も国外に情報源とか持ってるんだよ?
それにあの2人みたいな時代遅れの戦闘狂をまとめて殺すなんて、そんな凄まじい手練れなんて世の中に何人もいないよ。多少の魔術なら、あの二人は打ち破ってしまうだろうし。
それらを総合して考えると、敵はアルネリアの巡礼である可能性もあるってことさ。もちろん今流行の黒の魔術士ってことも十分考えられるし、全部推測でしかないけどね。ただ前線の近くにいるとなると、交渉を行っていた巡礼の誰かである事が考えやすい――それだけのことさ」
チェリオは悪びれもせずに答え、獣将達は互いに顔を見合わせた。どのように反応したものかと全員が困っていると、さらにチェリオはぺらぺらと続けるのだ。
「まあ空気読めない発言は俺の得意技だからね、皆同じことを考えているのかもしれないけど、あえて若輩の俺が言わせてもらいました。
もっとも俺の場合は推測だけど、王様は確信に近い何かがあるのかな?」
「――この後の動き次第だ。もしここでアルネリアが出てきて和平交渉が成されるようなら――」
「アルネリアと戦争でもする?」
チェリオの一言にぴり、と空気が張り詰める。もしそうなったらどれほどの戦いになるのか、うすら寒い予感と、そして強者と戦うという獣人としてのどうしようもない本能が彼らの中で渦巻いていた。
だがドライアンの言葉は冷静だった。
「アルネリアとは・・・やらん」
「どうして? 負けるから、って意味だったら俺がっかりなんだけど?」
「落ち着きなさい、チェリオ。アルネリアも一枚岩とは限らないのですよ?」
穏やかに口をはさんだのは宰相のロン。彼は獣人にはあるまじく、色々と服を着込んで優雅に振る舞うのを好んだ。その着こなしはあたかも東方の大陸の人間のようでもある。
ロンの言葉に、チェリオが矛先を変えた。
「どういうことさ、宰相さん。アルネリアの中に裏切り者がいるってぇの?」
「いてもおかしくはありませんよ。アルネリアの勢力圏はここ数十年でさらに広がっています。獣人の国や、さらにその南の国々にも広がりましたからね。いかにかの教会の聖女が有能だとしても、そろそろ目の届かない所で色々と何かを行う者がいる方が普通でしょう。実際に、巡礼という者たちはそれら不逞の輩を取り締まるのも任務の一つですから」
「だからこそ、巡礼の者が悪党だった場合手に負えないということか」
バハイアが納得したという顔で頷いた。そしてカプルが続く。
「それだけではあるまいよ。巡礼の者達は彼らの持つ権力に応じて、国への軍事的干渉を許されておる。我々とて、巡礼が望めば一部の軍隊を貸さざるをえないだろう。それを悪用されたらどうなるか――」
「理由に正当性があれば、でしょ? そう簡単に軍隊が貸せるかなぁ?」
「正当性などどうとでも作れますよ。それが政治というものです」
ロンの言葉にチェリオもちっ、と舌打ちしながら同意した。チェリオも人間の政治の駆け引きくらい、幾分以上に承知しているのだ。
そして一度やり取りが収束したところでドライアンが口を開く。
「ともかくだ。事の真相がわかるまでは、何がどうあっても俺の命令のないうちに動くんじゃねぇ。俺がわざわざテメェらを残したのは、チェリオのように敵の正体にだいたい勘付く奴が先走りしねえかを確認するためだ。さすがに相手が相手だ、勝手に突っ走られたら俺ら自身も身を滅ぼしかねん。
だが約束しとくぜ。敵の正体が知れたら、その時は相手がなんだろうが容赦しねぇ。俺らの仲間に手をだしたらどういう目に遭うのか、その身をもって知ってもらう。いいな!」
ドライアンの喝を最後に彼らは解散したが、その去り際カプルがロッハと話をする。
続く
次回投稿は、12/1(日)20:00です。