獣人の国で、その23~南方戦線②~
「誰かって聞いてるんだよ! それとも名も名乗れねぇ玉無しか!?」
「出てこないってんなら、こっちからいくぜ?」
「・・・好戦的な連中や。せやけど、弱い奴が吠えても誰もビビらへんわ」
「何ィ!?」
闇から聞こえた挑発にアキーラが一歩踏み出すと、体を軽い衝撃が貫いた。アキーラはだがそのまま前進し、なぜ自分が前進しているのかを不思議に思った時、彼は突如として崩れ落ちた。背後にいたニジェールがアキーラの胸に指先ほどの穴が開いていることに気が付いた時には、既にアキーラの意識は失われていたのだ。
「ア、アキ――」
だがアキーラを呼ぶニジェールの声は発せられることはなかった。その前に何らかの巨大な質量が彼の口を、その自慢の牙を、根こそぎ奪っていったからだ。顔面をごっそりとこそぎ取られ叫ぶ口を失くしたニジェールは、大きな空洞からごぼりと血を垂らし、朦朧とするその意識の中で敵の姿を確かに捕えた。すると、彼は最後の力を振り絞って、声にならない奇声を上げながら突撃を開始したのだ。
「ア、ウア、ブゴア――」
それは形にならない魂の悲鳴に似ている。だがそんな必死な彼を見て、男は薄ら笑いを浮かべていた。
「ああ、あかんって。そんな今さら頑張っても遅いがな。大人しく死んでおき、な?」
男はニジェールをまるで子供を諭す時のような優しい口調で窘めると、彼に向けて圧縮した魔術を放った。正確には、圧縮した魔術を手のひらの上だけに展開し、突っ込んで来たニジェールに押し当てただけだが。
だがそれで、ニジェールの肩から上はこの世に痕跡を残さなかった。血を噴き出して絶命した獣将二人を見て男はため息をついた。
「あーあ、下手に戦果なんか挙げるからこういう事になるんや。大人しく膠着状態を続けよったら死なんで済んだのになぁ? 優秀すぎるのも困りもんやで。ほな、さいならや。えーと・・・あんさんら、名前なんやったっけ?」
男は頭をぽりぽりとかくと、真顔で二体の屍に尋ねていた。だが彼らが答えるはずもない。そもそも一人は、自慢の口を抉られて死んだのだから。
***
「何? その報告は本当だろうな!?」
グランバレーの中、最深部の朝議の間にて一つの報告がなされていた。前線において獣将二人が死亡したことと、また予期せぬその事態により、優勢だった前線が再び膠着状態になったという報告である。
度々戦闘を繰り返すグルーザルドにとって、獣将の死亡はそれほど実は珍しいことではない。数年に一人くらい、獣将が死ぬ方が当然であった。だが一時に2人、しかも圧倒的に優位なはずだった戦場で死ねば話は別だ。直前の報告では、勝利が目前という話だったのだから。
当然の如く、同輩である獣将たちがいろめきたつ。筆頭はヴァーゴである。使者を締め上げんばかりの勢いだった。
「詳しく聞かせろ!」
「は、ははっ。詳細は不明ですが、アキーラ様、ニジェール様は2人で何らかの打ち合わせをしていたと考えられています。前線を見下ろすその場所で、何者かに襲われた模様」
「2人? 2人同時にやられたってのか?」
「そうとしか――お2人の遺体は近くに横たわっておりましたので」
「周囲の軍隊は何をしていた? 不審者や戦闘の気配に気がつかなかったのか?」
ロッハが冷静な意見を述べる。だが使者の答えは要領をえないものだった。
「周囲の軍は正常に展開をしていました。何かあれば気が付かないはずは――」
「だが現に気が付いていない。本当にぬかりはなかったのか?」
「――魔術だろうな」
背後から重々しい声がしたことで獣将たちがはっとして後ろを振り返る。そこには腕を組んで眉間に皺を寄せるドライアンが座っていた。
ドライアンがあの表情を出す時にはかなり機嫌が悪い。全員が緊張してその言動を見守ったのだが。
続く
今回少し短めです、申し訳ない。次回投稿は11/29(金)21:00です。