獣人の国で、その22~南方戦線①~
***
「よう、前線の動きはどうだ?」
「アキーラか。当然上々だ。そっちの軍団の指揮はいいのかよ?」
「ああ、こっちはテメェと違ってできた部下が多いからな」
「ぬかせ」
一際高い木の上で燃え盛る敵陣を見ながら会話をするのは、タカの獣将であるアキーラと、ワニの獣将であるニジェールである。彼らは南方戦線で戦い続ける獣将6人のうちの二人であり、その中でもさらに最前線を任されている二人であった。
彼らの率いる軍団は最も好戦的、かつ最も戦闘に特化した軍団である。純粋な殲滅戦ならば、ヴァーゴが率いる軍団すらも上回る彼らは、もう何年も最前線に釘づけであった。その二つの軍団の長がこうして話しているのは、何も喧嘩をしているのではない。ここ数年で一番大掛かりな戦いに決着がつくところを見に来たのだった。彼らの目の前にある敵陣は、南方戦線で最も苦戦した部族の本陣であった。その敵陣を完膚なきまでに叩きのめし、彼らは感慨もひとしおにその陣を見下ろしていたのだった。
「・・・長かったな」
「ああ、長かった。この南方に駆り出されてから既に7年が経ってるぜ。いい加減あの殺風景なグランバレーですら、懐かしく思えてきたころだ」
「思い出すべきかみさんやガキの顔がないところが、せめてもの救いか」
「そうだなぁ、家族がいる奴は長くこんなところで戦えねぇ。こんなところで戦い続ける馬鹿は、家族や女の温かみを知らねぇ奴らばかりよ。テメェみてえにタカ族のくせに不細工な面に生まれて、女にもてなかった自分を恨むんだな」
「ワニ面の貴様に言われたくねぇ。その裂けた口じゃまともな接吻もままならねぇだろうが」
「ちげぇねぇ」
グハハ、と二人は笑いあう。悪態を付き合う彼らは決して仲が悪いわけではない。むしろ彼らは無二の親友であった。
アキーラは名門軍人の家系という輝かしい経歴を持ち、一族にも獣将やそれに準ずる役職を務めた者が多い。彼も評判通り順調に千人長になったが、まもなく派遣された南方戦線で半身を焼かれるという重傷を負った。彼は以後グランバレーでの出世を諦め、南方戦線に残り続けている。彼は南方で功を上げ続け、獣将にまで上り詰めたたたき上げの軍人である。ゆえに彼の事を知らない中央の軍人は多い。だが常に先頭に立って戦い続ける彼は、非常に兵士たちに人気があった。今や片方の目がない事など、彼にとって誇り以外の何物でもない。
ニジェールは元やくざ者である。だが兄弟が犯した罪の減免を申し出る代わりに、彼は罪人を率いて戦場に送り込まれた。退却は死を意味し、いわゆる使い捨ての駒と変わらぬ扱いの中から生き抜き、ついに軍を納得させるだけの功績を立てるようになった。以来彼が率いた罪人たちは戦場で功を立てるごとにその罪を軽減させられることを約束され、今も命ある限り戦い続けている。仮に死んでも戦場での戦死者扱いになるので、遺族への補償はされる。ニジェールの功績をもって、ついにグルーザルドでは罪人たちが志願して戦場に向かうようになった。
その二人、アキーラが今回囮を引き受け、ニジェールが敵の陣を殲滅するという大胆な策で、ついに彼らは長年苦戦した敵部族を殲滅した。アルネリアを含めて交渉や和議などが何度も行われたが、それらの努力はどうしても実を結ぶことはなかった。そして彼らはついに殲滅戦という最終手段に出たのだった。
殲滅戦を決定してから、約一年越しの勝利。感慨が浮かぶ一方で、彼らの中にはやや後悔の念もあった。
「なあ、ニジェールよ。中央は南方戦線で戦えとは言ってきていたが、敵を殲滅しろとは一度も言ってきていない。可能な限り説得と交渉を行い、戦うのは最後の手段としろと言ってきたな」
「ああ、そうだな。だがそれがどうした。中央はなんもわかっちゃいねぇんだよ。こんな最低の戦場で、まともに交渉や和議ができるわけねぇだろが」
「それはそうだが、俺たちは結果として中央に・・・ドライアン国王に逆らうことになったんじゃねぇのか?」
「そうかもな。だがこればっかりはどうしようもねぇよ。あの部族は全く信頼できん。和議を結ぶといって俺たちが陣を引けばその背後から襲い掛かり、攻めて旗色がわるけりゃあっさり白旗を上げやがる。平伏して忠誠を誓ったかと思いきや、その舌の根も乾かんうちに裏切りやがる。何を持ってあの連中を信用し、対等にみなせと? 俺にしちゃ辛抱強く待った方だが、もう知らん。これ以上こっちの手勢と部下を失うわけにはいかねぇんだよ。ドライアンだってわかってくれるさ、最悪俺はまた牢獄につながれても、部下たちのことは弁明してみせるぜ」
「そこまで覚悟していたか。だが牢屋行きはないさ。俺が証言するからな」
アキーラはにやりとその嘴を歪めて見せた。ただでさえ鋭い眼光が、一層引き立って見える。ニジェールもまたにやりと敵の骨まで噛み砕く牙を見せ、獰猛な笑いを見せ返した。
その時である。ニジェールがアキーラの背後にいる何者かの存在に気が付いたのは。
「そこにいるのは誰だっ!」
「何!?」
アキーラは完全に虚を突かれていたのか、驚いて背後を振り返った。その顔が一挙に険しくなる。まずアキーラが戦場で背後を取られること自体滅多にないのだが、そもそもここは味方の陣の中である。誰かが潜入することも難しいし、仮に味方だとしたら背後をとる意味がない。つまり『誰か』は明らかに敵で、そして敵に背後を取られるのは屈辱であった。
だがニジェールに話しかけられた誰かは、決してその闇から出てくることはなかった。しかし、間違いなくそこにいることだけは二人にははっきりとわかった。相手はもはや気配を隠してはいないのだ。
それでも話しかけてこない相手に、今度はアキーラが苛立った。
続く
次回投稿は、11/27(水)21:00です。