獣人の国で、その18~家族⑦~
「戦いを否定する気はないわ。アタシも戦いに向かう時、精神が高揚するのは事実。でもね、気付いたの。本当はアタシ達って、戦いなんかに人生を費やしてる時間は無駄なんじゃないかって。もっと知るべきこと、知らなきゃならない事はたくさんあるはずよ。外の世界はそれをアタシに教えてくれた。だからそれからは戦いがどうにも馬鹿馬鹿しくってね。
それにどれほど鍛えた所で、アタシがドライアンや、ましてゴーラ爺様の領域に到達できるとは思えない。そうなるだけの努力をする理由がないもの」
「そうですか。そういう結論にたどり着く獣人は珍しいのでは?」
「そうよ。そしてこのことは貴方たちがアルフィリースと合流する時に、必ず重要になるはず。アルフィリース率いる傭兵団はなんのかんの言いながら、アルネリアの尖兵であるという見方はまぬがれないでしょう。そうなれば、アルマスに目をつけられるわ。だって、彼らは武器商人がゆえに、世の中が混沌としてた方がよいのですものね。アルネリアによって戦争が止められるなんて事態、望んでいないはずよ。まあアルネリアとアルマスが別の組織なら、の話ですけどね。
もっとも、アルマスが欲しているのは調律のとれた戦争であって、本当の意味での混沌ではないらしいわ。だから黒の魔術士たちとも、どこかで一線を画しているの。彼らはどこかで仲たがいするはずよ。とはいえ、それまでの過程で死ぬ側の気持ちになってみなさいって話よね」
「なるほど、確かにその可能性はありますね。興味深い情報です。ですがアムール、その情報は一体どこから?」
「それはね・・・」
アムールがもったいぶって明かそうとしたその時、酔っぱらった獣人が数名樽につまづいてこけた。そのせいでアムールは舌打ちする。
「ちっ、邪魔がいたわね。やっぱり道すがらなんて無理があるかしら。また今度にしましょう、カザスちゃん」
「ちゃんはやめてください、くれぐれも。あと、尻をちらちら見るのもね」
「ばれてたか」
「気のせいだと願っていたのに、事実でしたか」
最後は冗談に紛れてしまったが、カザスもまた機を逸したことを悟った。だがアムールの持っている情報は、どうやらカザスにとっても相当興味深いものであることは明らかで、カザスはその夜酔いながらも目が冴えてしまい、家に帰った後もしばし眠れずベッドの中で思考を巡らす羽目になるのだった。
***
カザスの朝は早い。元々彼は朝早いのを苦としないし、それは多少酒がまわっていようが、あるいは研究や書物の作成で遅くなろうが同じであった。起きる時間はほぼ一定で、昨晩はアムールのもたらした情報で寝不足気味であるにも関わらず、彼の寝覚めは爽快である。
カザスはベッドからゆっくりと体を起こすと、体を柔軟でほぐし、いつもの作業に取り掛かる。
「ふ~っ。さて、朝の日課をやりますか」
カザスはここグルーザルドの首都グランバレーに来てから、毎朝体を動かすことを日課としている。カザスはそれほど体を動かすことが好きではない。だが、グルーザルドいう国は、労働を尊び、至上とする風習がある。
なのでどれほど偉い立場のものでも、自ら働かない者をよしとしない傾向にあった。そのため、グルーザルドの民衆は全員が身体能力に優れ、また働き者でない者はいなかった。
カザスも必要に応じて旅をする生活であったから、何も体力に乏しいわけではない。むしろ必要に応じて体を鍛えることもある。だから鍛練も兼ねてこのグルーザルドに来てからは、彼は農作業を行っていた。せっかくなので、何かしら生産的なこと、メイヤーやこれからアルフィリースの下に行った時にやらないであろうことをしたかったのである。
「(のんびりするのも、これが最後かもしれませんからね・・・)」
カザスは予感していた。今はその行動を表面化させない黒の魔術士たちも、ほどなく本格的に動き出すだろう。人間が中心の場所では見えない異変や流れも、獣人の中にいればわかるかと思っていたが、果たして少しずつカザスにも見えてくる流れはあった。そして農作業をしながら、思索にふける時間は充分に取れる。カザスは鍬を振り下ろした。
「(人間の世界に限らず、獣人の世界もおかしい。どうして南の戦線ではこうまで戦いが絶えないのか。確かに彼らは蛮人が多いが、それにしても記録を見る限りではここ数十年で戦いが急激に増加している。これはもう、黒の魔術士が介入していると思って間違いないでしょう。
そうなると、大陸の西で戦いが絶えないのもそういうことかもしれない。だがしかし、西はともかく南で戦いが絶えないのは解せないな。南の戦いがどうにもならないからこそ、ドライアンはアルネリア教会の庇護を受けて戦争の解決に乗り出したはず。だが戦いはあまり減っていない・・・敵が上手か、それともアルネリアに戦争を止める気がないか。
アムールが外で工作員として暗躍する過程で、アルネリア教会が怪しいと思うのも、無理はないですね。私も別の理由でアルネリアを嫌っていましたし。ですがミランダさんのような人が立場として上にいるのは心強い。正直ミリアザールなる者を私は信頼できませんが、ミランダさんなら信頼しても良いですからね。言葉は汚いですが、人のために泣いたり、時に不安になってみたりする人の方が、よほど人として信頼出来る。彼女が最高教主になることがあれば、アルネリアの権勢は落ちるかも知れませんが、信頼はできる組織になるでしょうね)」
カザスは鍬を振り下ろす。土は湿潤であり、栄養を多く含んでいる。小さな虫が多く、常に土は彼らがかき混ぜてくれていた。グルーザルドの土地は肥沃でないが、このグランバレーだけは豊かな土地だった。地質学者でもあるカザスはその理由に気がついている。最初にこの土地を見た時に気がついたことであるが。
この土地、グランバレーは人工的に作られたものなのだ。上空から見ればもっとはっきりするだろうが、この土地の地層は明らかに隆起や陥没したものではなく、人為的に抉られたと考えられる。そして対側の地層を確認する限り、ほぼ一息に抉られたと推定された。つまり、十万人以上の人が暮らすこの土地を、誰かが一撃で抉ったということになる。カザスはその可能性をドライアンに話してみた。
続く
次回投稿は、11/19(火)21:00です。