獣人の国で、その16~家族⑤~
「なんでもないさ、忘れてくれ。ただ戦いの場に女を連れて行くのは、もう御免だ。だから今度の女は、戦場とは無縁の女にした。アビーはニアも懐いていたし、ニアも寂しかろうと思ったから連れ添ったんだが」
「それは方便でしょう」
「・・・言いたいことをずけずけと言う奴だな。いや」
ロアはじろりとカザスを睨んだが、思い直した。その見栄っ張りな性格が、かつて災いしたことを思い出したのだ。アムールにも忠告されたというのに。
「俺は悲しかったのだろうな。だからニアと仲の良いことを口実に、アビーを口説いた。当時は罪悪感もあったが、今では彼女を本当に好いている。俺にはもったいない女だ」
「そうですか。ならば何よりです」
「ヤオがアビーに似ていてくれればよかった。だが悲しいながら、俺に似たな。しかも不器用な所ばかり」
ロアは笑いながら酒を煽る。どうやらさすがに酒がまわってきたようだ。
「ニアだけが俺に似ていると思っていた。ニアは何でも思い込んで、一人で突っ走って、そして悩む性格だ。誰かが隣で導いてやらんと、あいつは潰れてしまうかもしれん。だからお前のような男が隣にいてくれれば、俺としても安心だ。俺はお前達が本当に添い遂げるとしても、なんの不満もない」
「それはありがたい。お父様の許可が頂ければ、私も堂々と彼女と一緒にいられる」
「お前は尊大で偏屈だが、頭も回るし素直な奴だ。特に自分の欲望にな。それは獣人に多い気質だ。だからどこか憎めなかった。
しかし心配なのはヤオの方だ。先ほどのやりとりでわかったが、あの子は強すぎる。強さからいえば獣将になってもおかしくないが、あの子が獣将になることはあるまいよ」
「どういうことです?」
カザスが問いかける頃には、ロアの目はとろんとして眠る直前であるようだった。
「将とは、人を率いていくものだ。部下と共に苦労を分かち合う獣人でなくてはならん。ゆえにアムールは獣将の地位を目指さず、ロッハは獣将足りえた。
だがヤオは強すぎるがゆえに孤高になるだろう。かつてそういう女の獣人がいた。ドライアンの才能に迫ると言われ、今の女獣将リュンカなどは足元にも及ばなかったろうが、誰よりも強すぎた故にグルーザルドを去ってしまった。ミレイユとか言ったか。ヤオにはああなってほしくないな・・・ヤオにはもっと人に囲まれて育って欲し、い・・・」
「なるほど。確かにアルフィリースも人としては将足りえるかもしれませんが、彼女の力はいずれ彼女を孤独にするのかもしれませんねぇ」
カザスがやや回らなくなったろれつで唸っている中、ロアはずるずると崩れるように眠りに落ちていった。ちょうどその頃、アビーが食器を洗い終えて外に出てきたのだ。
「ロアは寝たの?」
「あ、ええ。そのようですね」
ロアの手から空になった酒瓶が転がり落ちた。アビーはロアを肩に担ぐと、立ち上がらせた。どうやら寝室まで運ぶようだ。戦場には縁の遠い女性だとロアは言っていたが、さすが獣人。人間の女性とは筋力が違っている。酩酊した男性を肩に寄りかからせて動けるのだから。
アビーは語る。
「ごめんなさいね、この人のお酒に付き合わせて」
「いえ、色々な話が聞けて楽しかったです」
「この人ね、あなたが来てから明るいのよ。いつもニアとヤオの事で悩んでたんでしょうけど、それ以上に私にどうしても話せない事があると思うのよね。それはきっと私が女で軍人じゃないからね。でも男のあなたなら聞いてあげれる事もあると思うの。時々、嫌じゃなかったらこの人の話を聞いてあげて欲しいわ」
「もちろん。未来の父になるかもしれませんから」
カザスの言葉に、アビーは目を丸くした。
「あら、そうね・・・勝負の結果によらず、どっちにしてもそうなるものね。もっとも、あなたが他の人を選ばなければだけど」
「そんなつもりはありませんよ。ただ私が好きな人はニアさんだけですが・・・おっと、失言でしたか」
ヤオの母親であるアビーを前にしての物言いに、さすがのカザスも頭をかいた。だがアビーは温かい眼差しで返してくれた。
「いいのよ、ヤオも気難しい子だから。でも次の勝負、ヤオには負けてほしいかしらね」
「えっ? でもそれは」
「勝てば、あの子は獣将まで迷わずその道を歩んでいくでしょう。でも、それが本当に幸せかどうかはわからない。ロアのように悩んで、迷って、それでも幸せになれる人はいると思うの。
私もロアと一緒になる時は色々迷ったけど、結果として幸せだわ。そうやって悩んだ経験が、ヤオにはまだ足りない。あの子は姉の姿を追いかけて軍に入ったはずなのに、ニアに合いたい衝動が修行への没頭にすり替わってしまっている。これでは強くなっても幸せにはなれないわ。
強くなるのは結構だけど、何のために強くなるのかっていう目的意識がないとね。そうでしょう?」
「・・・ええ、おっしゃる通りです」
アビーの言葉にカザスは感服し、しばし反芻する間にロアを連れてアビーは去って行った。そしてカザスは暇を告げると、ロアの家を後にした。
そしてドライアンに借りている住居に帰る道すがら、彼の後を追いかけてくる人、いや獣影に彼は話しかけた。
続く
次回投稿は、11/15(金)22:00です。