獣人の国で、その15~家族④~
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「上手く収めたな。俺の家族にも気を使わせてしまった。俺に似たのか、ヤオは頑固だからな」
「あの場ではそうするしかなかったでしょう。私の意志が全く関係なさそうだったのには、多少驚きましたが。それにしてもヤオさんはまだ12歳ほどでしょう? 大人びた発想をしますね」
「ネコ族の成長は早い。そして、若い時代が長い。おおよそ人間の倍ほどを生きるが、60歳くらいまでは見た目も身体能力も変わらん。老ける時は一気に老けるがな」
「その割に、集落で老人を見ませんね」
「年老いると家から出ず、そのまま静かに生を終える。世話する者がいない者は、寿命を悟ると山か森の奥で獣に身を喰わせる。火葬は比較的最近の習慣だからな。普通は鳥葬か獣葬だ」
「ふむ・・・興味深い」
「動物の猫とよく似ているだろう?」
「たしかに」
カザスは多少苦笑いしながら、ロアと酒を交わしていた。既にテーブルの上はほとんどアビーが片付けており、ヤオは眠りにつき、ニアは一人で考えたいとその場を去ってどこかに行ってしまった。
カザスはロアと話したいことがあるとして、その場に残っていたが、実のところ話したいことがあるのはロアの方だった。
「一つ聞いておきたいのだが」
「なんなりと」
「お前自身は何をこの国でしたい? 単にニアについてきただけとは思えんな」
ロアの鋭い質問に、カザスはふっと笑みをこぼした。
「やはり貴方はただの獣人ではありませんね」
「ただの獣人でなかったら何なのだ?」
「アムールさんの戦友、あるいは信頼のおける部下。そんなところでしょうか」
カザスの言葉に、酒を煽っていたロアの動きが一瞬止まる。
「・・・鋭い男だ。なぜわかった?」
「見識と生活ぶりを見れば、ただの獣人でないことは明らかです。貴方は人間世界の在り方に非常に影響を受けている。また軍内でも相当に強力な戦士だったと聞きました。そのような人材が運用されていたとすれば、アムールさんのような隠密だったと考えるのが自然だと思いますが?」
「そうだ。俺とアムールはドライアン国王から密命を受け、主に国外で活動している時期があった。もっともアムールの奴は端からからその任務に志願し、俺は軍内の仕事と、外の仕事が半々程度だったが」
ロアのグラスが空くと、彼は瓶の酒を直接飲み始めた。ロアがそのような事をするのを見ると、やはり彼も獣人の一人なのだとカザスも認識した。だが昔を語るロアの表情は、どこか浮かない。
「隠密の仕事は好きではなかったと?」
「そうではない。むしろ隠密の仕事で国外に出るのは新鮮だった。人間の世界には色々なものが溢れていた。綺麗なものも、汚いものもな。俺は正直、人間という種族に憧れたこともある。もちろん獣人であることに誇りを持っているが、人間の多様な生きざまは時に眩しかった。
アムールは良き友だったが、俺と奴は決定的に違っていた。アムールは途中から完全に軍内での出世なんぞに興味を失くしていたが、俺はそうじゃなかった。俺は獣将という地位に憧れていたんだ。将軍になって、過去最強の獣人とも言われるドライアンの傍で戦場を駆けてみたいと、若い情熱に囚われていた。そこに何の目的意識もなくとも、ただそうしたかったのだ。
だから隠密の仕事はあまり受けたくはなかったが、人間世界への興味から時々受けていたのだ。だがその中途半端さが仇となった。ある時俺はアムールの忠告も聞かず、さる事件に深入りしてしまった。結果として妻を失い、俺の脚はこの様だ。足一つが不自由になったくらいで済んでまだマシだった」
「ニアさんのお母さんは病気でなくなったのでは?」
「ニアがそう思い込んでいるだけだ。毒だったのさ」
カザスの驚いた声に、ロアはちらりとアビーの方を見た。そしてアビーが食器を洗っていることを確認すると、やや声を伏せて語ったのだ。
「・・・殺されたんだよ、ジーナはな」
「誰に?」
「毒を使うのは人間だけだ。敵は異常なまでの手練れだった。あれほどの人間の手練れを見たのは、おそらくドライアンに突っかかってきたヴァルサスと、そいつらだけだ。そして――」
「そして?」
「いや、幻だったのだろう。俺が見たのは――」
ロアは自分の記憶を振り払うかのように酒を煽った。あの時、アムールと自分とジーナが任務中に遭遇した集団。ロアたち三人は、とある街が全滅しているところに遭遇した。そこには見たこともない魔物の死骸と、そして手練れの人間の集団。ジーナはその時の戦闘で毒に侵され、ロアは再起不能の深手を負わされた。また、脱出するためにアムールは何らかの制約を彼らから負わされたはずだとロアは思っている。当時グルーザルドの若手の中で最も勢いのあった三人をいとも簡単に追いやった集団はなんだったのか、そのおぼろげな正体をロアはアムールから聞かされていた。
人間の世界ではるか昔から暗躍する暗殺集団。彼らの中の何人かは常軌を逸した戦闘力だったが、そもそも彼らが相手にしていたのは、ロアたちではなかったのではないか。アムールにすら言っていないが、ロアがあの時一瞬見た、長い銀髪の女。その女がロアの方を振り向こうとした時、ロアはその場を全速力で後にした。あの女と目があったらおしまいだ。本能がそう告げていたのだ。その逃走途中で負わされた左足の傷。いわば逃げ傷を負わされた時、ロアは傷のせいではなく、戦士として再起不能なのだと思い知らされた。もはや獣将として、戦場を駆ける資格を失くしたとはっきりと自覚した。
何かを言いかけてやめたロアを見て、カザスが不思議そうにその表情を窺っている。ロアは苦笑して彼に応えた。
続く
次回投稿は、11/13(水)22:00です。