獣人の国で、その14~家族③~
「は? 決闘だと?」
ニアは我が耳を疑った。それは殺し合いになっても致し方ないとの意味だ。手合わせ、勝負による勝敗をつけるのはゴーラが提案したことだが、決闘となれば話がまるで違う。
ニアはヤオの肩を思わず掴んでいた。
「ヤオ、取り消せ! 今ならまだなんとかなる。決闘ともなれば私たちが姉妹で殺し合うことに――」
「姉さん、怖いの?」
「何ぃ?」
ヤオの嘲笑するような笑みと、挑発的な言葉にさすがのニアも総毛立つ。だがヤオは続けた。
「私はね、姉さんの番だと思ってたから遠慮してたけど、結構カザスさんのことを気に入っているの。私は自分に無い者を持っているオスが好きだわ。カザスさんは私にない知識、知恵を沢山持っている。彼とならきっと良い子孫が残せると思うの」
「し、子孫って・・・」
「だから姉さんにその気がないのなら、私がもらうわ、彼。私も年齢を考えれば直に発情期を迎えるし、父さんと母さんの影響からか、その辺の適当な男じゃ嫌だってずっと思ってたし。グルーザルドの軍人なんて脳筋ばっかりで、好きになれない。それにどうせ、ほとんど私より弱いし。
でもカザスさんならいい。なんならそのまま番として添い遂げても構わない。それに子孫の事を考えるのは動物なら当然の事。メスはより優秀なオスに惹かれるの。逆もそう。姉さんなんかに、カザスはもったいない」
「なんかとはなんだ! いくら妹でも、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
ニアの激昂は、ヤオによってさらりと流された。
「姉さんこそ忘れてるのでは? 獣人にとっては元来、強さが全て。力無い者は力のある者に従うしかない。それは血のつながりに勝る、絶対的な掟。姉さんが決闘で負ければ、私に従わざるを得ないし、決闘を回避すれば姉さんと、その両親の名誉は一生失われたままになる。さて、どうするのがよいと思うの?」
「ぐ・・・く」
ニアは返事に窮してしまった。どう考えてもここで決闘を受けねば獣人として恥さらしになる。少なくとも軍人である以上、戦士としての誹りは免れまい。ニアは覚悟を決めた。
「・・・いいだろう。その決闘、受けよう」
「当然、そうなるわね。じゃあいつがいいか決め――」
「っと、その前に私からも一ついいですか?」
カザスが手を挙げて発言を求めた。注目が自然と集まる。
「なんだか私の意見は無視されて、まるで景品のようになっていますが・・・」
「あ、いや。これは――」
「何か文句でも?」
ニアが取り繕おうとし、ヤオはさも当然のように権利を主張した。その態度にカザスがちょっと意外そうにヤオを見る。
「大いにありますよ。思ったよりも強引ですね、ヤオさんは」
「当然です。欲しい物があれば私は躊躇しません。躊躇っても良いことは何もないですから」
「なるほど。正論ですが、おくゆかしくはないですね。極めて男性的な発想とも言えます」
その言葉にヤオは気恥ずかしさから顔を赤らめたが、カザスは素知らぬ顔で一つの提案をした。
「私からも一つよろしいでしょうか。いえ、景品にされるのなら私からもぜひ提案をさせていただきたい」
「・・・どうぞ」
「戦う時と場所は私が指定いたします。どのみち私は半年後にはここを立たねばならない身。アルフィリースたちの元に向かう必要がありますので。勝負の結果がどうあれ、ね。
そしてどちらが勝ったとしても、私の出立は邪魔しないでいただきたい。私はこう見えても頑固でして、ここに閉じ込めようとしても、何らかの方法で脱出するでしょう。これらの条件が呑めるのであれば、私は勝者のものになっても構いませんが」
「ええ、いいでしょう」
ヤオは即答した。自らが負けるとはまるで思っていないのだろう。大してニアは困惑した表情でカザスの事を見ている。
「ニアさんもよろしいですか?」
「う・・・あ、ああ。その条件でいいだろう」
「では勝負は成立いたしました。戦いは半年ほど後、『風の亭』で。私の出立10日前といたします」
カザスは高らかに宣言したが、ニアの不審そうな顔にはあえて目もくれなかった。
続く
次回投稿は、11/11(月)22:00です。