アルネリア教会襲撃、その6~一騎打ち~
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教会内の最深部にある深緑宮で対峙するアルベルトとドゥーム。ドゥームの周りには悪霊が渦巻き、それが大蛇のようなうねりを見せる。もし蛇であれば、15mはあるであろう大蛇になるが、まだ大蛇の方がよっぽどマシだ。どうお世辞を言ったとしても、見る物に恐怖や絶望を抱かせるだけの何人もの苦悶の表情が浮かぶ様子は取り繕えそうもない。だがアルベルトは動じない。元々動じない性格ではあるが、先だっての魔王戦が彼をさらに精神的に成長させていた。
じりじりと緊張した面持ちで距離を詰めようとするアルベルトと、距離を離したがるドゥーム。と、ドゥームがニヤリと笑い両手を宙にかざすと、蛇のような形を取っていた悪霊の塊がふいに渦を描き、壁のように変形する。
「潰れやがれ! アハハハハ!」
そのまま両手を下ろすと、巨大な壁に変形した悪霊がアルベルト目がけて襲いかかる。これなら逃げ場はないと踏んだドゥームだったが、アルベルトは逆に踏みこらえて受け止めようとする。
「無理だっての! サイクロプスもへしゃげる圧力だぜ!?」
バン、と炸裂音と共にドゥームの目論見通り直撃するが、音がどうもおかしい。もっと何かが潰れるような音がしなければと思うドゥームだったが、何か壁にぶつかったような音がした。理由はすぐにわかったが。
「魔術で光の壁を作ったか・・・」
アルベルトは魔術で光属性の防御壁を作り、悪霊の渦を防いでいた。それにしてもあの衝撃を殺すことはできないはずなので、アルベルトの足腰は相当に作り込まれているということになる。
「(この至近距離であの詠唱速度、あの強度・・・槍状にして悪霊の密度をさらに上げるか、あるいは至近距離から叩きこむか)」
「意識が逸れているぞ」
「!?」
10歩以上は離れていたはずだが、アルベルトはなんと3歩で踏み込んできた。聖騎士としてのほぼ完全装備、およそ15kg前後の重量、にもかかわらずである。
「(速い!)」
すんでの所でアルベルトの大剣をかわすドゥーム。だが反撃の暇がないほど、一度放たれたアルベルトの連撃が止まらない。
「(くそ、手をかざす暇もない! しかもご丁寧に剣に聖属性を付加してやがる。さしもの僕もダメージくらうぞアレは!)」
ドゥームが操る悪霊は防御こそ自動に行うが、攻撃時は彼が手を動かし指示する必要がある。だがアルベルトの猛攻はドゥームが手を彼に向けて動かすことすら許さなかった。
「(だがこれほどの猛攻、無酸素運動でなければ続かないだろう。30秒ほどで息が上がる。その時に至近距離から叩きこんでやる!)」
ドゥームの考えは実に正論だった。そう考え、避けることに専念するドゥーム。だが何かおかしいことに気がつくのにさして時間はかからなかった。
「(・・・? 何だ?)」
徐々にドゥームは剣をかわし続けるのが難しくなってくる。
「(まさか・・・剣速がどんどん増している!?)」
避けるドゥームの顔色が必死なものに変貌していく。だがアルベルトの猛攻は止まるどころか、一層激しさを増していく。
「(一体こいつはどうなってるんだ!? とっくに30秒は経ってるだろうが! 僕の攻撃する順番だろうが、守れよ!)」
ドゥームは知らない。ラザールの名を継ぐことの重さを、その意味を。生まれた時から歴代最強であれと望まれ、そうなるべく覚悟を決めた人間の執念を。アルベルトの鍛錬は他人が見れば、完全に常軌を逸していると言われるほど厳しいものだった。
彼の弟ラファティは鍛錬風景を特に隠さないが、それでも常人が知れば「あいつは異常だ」と揶揄されたのである。またラファティは厳しい訓練に対して何一つ文句を言わないことで我慢強い男として有名だったが、彼にしてみれば幼少のころから兄を見て育ったので、自分や神殿騎士団の訓練など子どものままごとにしか見えなかったのだ。
ともあれドゥームは完全に計算が狂ったことにより、ちょっとした恐慌状態だった。なおアルベルトは無酸素状態で実に3分は攻め続けることが可能である。
「(やばいやばい! 何か遮蔽物を・・・あれだ!)」
ドゥームは思わず柱に身を隠そうとするが無駄なこと。
ゴガッ!
アルベルトは柱など無いかの如く斬撃を放つ。柱ごときの遮蔽物で怯む彼ではない。先の魔王戦で大木ごと魔物を切り伏せていたのをドゥームは完全に忘れていた。そしてアルベルトの剣が届くかと思われた瞬間――
「クソッ、無茶苦茶な奴だ!」
黒い靄に姿を変え、少し距離を取ることに成功するドゥーム。
「だが、今度こそこっちのば・・・」
「逃さん!」
「うぉお!?」
アルベルトが地面を強く蹴り一瞬で間を詰める。一瞬できた隙を生かせなかったドゥーム。慌てて壁沿いを走って逃げるが、アルベルトはお構いなしだ。
ゴガガガガガ、と掘削音と共に追撃してくる聖騎士を、ドゥームは背後に確認した。
「(なんて野郎だ、壁ごとぶった斬りながら追ってきやがる)」
そうすることで剣に負荷がかかり、剣を抜いたときに剣先が加速することをアルベルトは知っている。壁を使った居合いとでもいうのだろうか。後ろに迫る様子にドゥームが気を取られ、ふと正面を見るとそこは行き止まりだった。アルベルトは無茶苦茶に攻め立てるふりをして、きちんと袋小路に誘導していたのだ。
「やりやがったなこの野郎!」
「むん!」
振り返ったドゥームを唐竹割りにしようと、負荷をかけて速度と威力を増した剣を、大上段から振り下ろすアルベルト。
「なめんな!」
ドゥームも一か八か、アルベルトの大剣を受けとめるため自分が今行使できる悪霊を全て守備に回す。
「止まれえぇぇぇぇ!」
「!!」
アルベルトの渾身の一撃が振り下ろされる。だが--
「と、止まった・・・」
ドゥームの頭上、掌がぎりぎり入るかどうかの隙間でアルベルトの剣は止まっていた。彼が一度に行使できる悪霊1000体分の防御壁である。これを突破されては立つ瀬がない。さしものドゥームも思わずほっとする。そしてほくそ笑むと、アルベルトに悪態を突こうとして--
「どうだこの・・・」
「ぬああああ!」
アルベルトの咆哮にかき消されたドゥームの声。アルベルトがさらに剣に力を込め始めると、悪霊の渦に徐々に剣が沈んでいくのがドゥームにも見えた。だがこれ以上ドゥームにも悪霊の密度を上げることはできない。驚きのあまり姿を靄に帰る事すら忘れていた。
「ちょ、ちょっと待て―――」
「オオオォオオ!!」
止まっていたはずの剣が、そのまま悪霊の壁ごとドゥームを一刀両断していた。地面叩きつけられると、深緑宮の美しい白磁の床に大きな亀裂を作るアルベルトの大剣。
ドゥームは一瞬、自分が何をされたのかわからなかった。
「そ、そんな・・・」
真っ二つになり、大量に血を噴き出しながらそのまま地面に倒れるドゥーム。その様を何の感慨もなく見下ろすアルベルト。やがてドゥームの目からはゆっくりと光が消えていった。
続く
次回投稿は12/7(火)12:00です。