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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その157~楔21~

「誰だコラァアアア!?」

「ひゃあああ!?」


 男の怒号に驚き少女が悲鳴を上げると、男は少女をはっきりと認識した。だがその男は少女を見ると急に目に知性が宿り、すっくと立ち上がってしっかりとした足取りで少女に歩み寄った。

 そして少女を怯えさせぬようにしばし離れた場所に胡坐あぐらをかいて座ると、男は少女に問いかけた。


「おい、小娘」

「は、はぃい?」

「お前は自分が何者か、知っているのか?」

「え?」


 少女はその質問に面食らった。確かに少女はその質問に答えられない。自分がこのような隔絶された場所に閉じ込められたのには何が理由があるだろうが、それにしても理由が思い当たらない。祠の書物は物語ばかりで外の世界に触れることは何一つ書いておらず、鬼たちは必要以上のことは何も教えてくれなかったからだ。目の前の男は、その理由を知っているとでも言うのだろうか。

 男はまっすぐに少女を見据えたまま、動かない。


「知らないのか?」

「・・・はい」


 少女は素直にそう答えた。この男を前に嘘をつくことはやめた方がよいと悟った。そして男は一つの提案をした。


「そうか、知らないのか。それはいかん」

「・・・あの?」

「よし、娘。俺と旅に出ろ」

「はぇ?」


 唐突な意見に少女の口から気の抜けた声がでたが、少女がその意図を知る前に、さっさと男は小さな少女をその筋肉の鎧のような肩にあっさり乗っけていた。


「女に二言はないな?」

「それ、普通は男です!」

「ふはは、細かいことは気にするな! ではいくぞ!」

「どこに行くんですか!?」

「ここではないどこかだ!」


 どこかわくわくするような曖昧な言葉と共に、男は力強く蹴った。男の一蹴りは非常に強く、一歩で祠を置き去りにし、二歩で森を飛び越え、三歩で坂を駆け上がった。少女にとって全てであったこの世界は、男にとっては小さすぎる世界であった。

 少女がその痛快さに胸をすくような思いをすると同時に、男が問う。


「小娘、名前は?」

「ミコト・・・ミコトです!」

「俺はドラグレオだ。本当は名前なんぞないがな!」

「ええ? そうなんですか?」

「それはそうだ、俺は母も父の顔も知らん! 俺を育てたのは一匹の偉大な獣だ。だが小さいことだ、気にするな!」


 そう言って豪快に笑う男を、少女は好きになった。この男のように笑えたら、どれほど痛快であろうか。少女は男のように笑ってみた。それは、少女が生まれて初めて見せる笑いだった。

 だが少女は大きく笑いかけて、再度足元を見てその笑いがひきつった。高い――足元に何もない。ドラグレオが勢いよくその4歩目を蹴った時、当然のように彼らは遥か空高くその身を躍らせていたのだ。

 当然、何か方法があるのだろうとミコトは思っていたが、ドラグレオは微動だにしない。


「あのー・・・ドラグレオさん? ここからどうするんですか?」

「ん? 良い風だが、なにをどうするって?」

「あの・・・下、下」


 ミコトがちょいちょいと下を指さすと、ドラグレオが下を見、そしてミコトの方を見た。


「・・・高すぎるな」

「そうです、高いです」

「そういうことは、先に言えぇえええええ! お前、なんてところに住んでやがるぅううう!」

「言う暇ないよぉおおおおおお! 好きで住んでたんじゃなぃいいい!」


 当然の如く、地に落ちるククスの実の如く、二人の体は絶叫と共に遥か下の雲海、そしてその下へと消えていった。


***


 アルネリアへと帰還する前日、アルフィリース達の陣は静けさに包まれていた。周囲に敵影はなく、また正規軍にも囲まれて安心した彼女たちは、深い眠りへと誘われていた。

 だが実際に戦っていた日にちはわずかであり、にも関わらず彼らは非常に疲れていた。強敵たちとの連戦、異常な事態の遭遇、そして出撃の連続と、彼らはこの数日でその日数の倍する数の戦いを強制された。

 疲れていない兵士は一人とておらず、見張りすら寝てしまう状況でまだ気を張っているのは数人のみである。ルナティカ、レイヤー、コーウェン、それにライン。ルナティカは元々それほどの睡眠を必要とせず、レイヤーはサイレンスからの戦利品であるマーベイス・ブラッドを見ながら、昨日の感触を何度も思い出していた。コーウェンはこれからの備えに余念がなく、またラインはアルフィリースの代わりに残務の処理をしていた。

 他にも数名まだ起きている者はいたが、もう一人、忘れてはいけない者がいたことを誰も知らない。それは――


「ふぅ、やれやれ。俺まで使う羽目になるとはねぇ。俺の本来の役目とは、程遠いろうになぁ」


 その声の主は、アルフィリースの天幕の中からであった。アルフィリースの天幕は周囲に結界が敷いてあるが、中にはさすがに何も仕掛けもない。

 その中に突如として現れる声の主。それは椅子に立てかけてあったレメゲートであった。レメゲートの形がゆらめくと、その姿が長身の男性へと変化する。漆黒の長髪にした男性は深い眠りにつきながらも呻くアルフィリースを見ると、ふっと笑った。


「今は良く眠るがいいさ、マスター。あんたが俺を使いこなすのは、まだ早い。いずれそんな時が来るかもしれないが、その時はこの大陸が滅びる時だろうよ。

 平和なうちに、この世界と青春を謳歌するんだぜ?」


 そう言い残すと、意地の悪そうな笑みを浮かべてアルフィリースの頭を一撫でし、レメゲートは再び剣へと姿を変えた。その直後、苦しそうだったアルフィリースの顔が少し和らいだのを、アルフィリース自身も知らない。



続く

次回投稿は、11/6(水)22:00です。


次回から新しいシリーズです。


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