足らない人材、その155~楔⑲~
「いくら信用できる相手でも、言っていいことと言っちゃならんことがあるだろうよ。その先の言葉を口に出すと、きっと後悔するぜ?」
「知ったような口を!」
「ふう、こういう婆臭い事を言う性質じゃないんだがね、多少アタイもヤキが回ったか? が、それとこれとは話が別だなぁ!」
ロゼッタがグレイスの剣を弾き飛ばす。その時のロゼッタの顔は、既に強者を目の前にした時の歓喜の表情に変わっていた。
「巨人の女とは一度もやりあったことがねぇな! どんなもんか試してみてぇ。ダロン、勢い余って殺しても文句は言うなよ!?」
「文句はない、尋常な戦いの上でならな。だが、仮にお前がグレイスを殺せば、次は私が果し合いを申し出る」
「うっは、なんだその素敵な展開は! こりゃあ負けらんねぇな」
ロゼッタが自慢の大剣にぺっと唾を吐きかけて舌舐めずりしていたが、グレイスの表情は少し困惑していた。目でダロンに「戦ってもいいのか?」と問いかけるが、ダロンは頷いた。
「妻よ、その女は狂戦士だ。自分の剣で確かめるまで、何を言われても止まらんよ。ただロゼッタ、一つ忠告しておくぞ」
「あンだよ?」
「私は妻に勝ったことはない」
「はあっ?」
ロゼッタが思わずダロンの方を振り返ろうとした瞬間、グレイスが地面を蹴ったのを視界の端に見ると、ロゼッタが反転して大剣を全力で叩きつける。だがその剣を受けてなお、グレイスの剣はロゼッタの大剣を押し返し、ロゼッタを後退させた。
「うおっ?」
ロゼッタはその衝撃にも驚いたが、何より巨人族であるグレイスの突進の速度に目を見張った。巨人族は普通鈍重だが、グレイスは成人の男の1.5倍はあろうかという巨漢で、まるで小兵のような軽快さを見せたのだ。
予想外の動きにロゼッタが防戦に回り、そのまま彼女は隙をうかがおうとしたが、それがまずかった。グレイスの攻撃は速く重く、守勢から隙を窺おうなどという甘い考えを許すことのない猛攻であった。一気呵成に繰り出されるグレイスの猛攻に、さしも怪力のロゼッタも反撃の糸口すら見いだせない。
そしてほどなく均衡は破れ、ロゼッタの体が大きく体勢を崩される。刹那、グレイスは躊躇わず剣をロゼッタ目がけて振り下ろした。
「くっ・・・なろっ!」
ロゼッタは体勢を崩しながらも、体を捻って反撃を試みる。だがその途中、体がありうべからざる方向に向けられ、ロゼッタは気が付くと地面に立っていた。そしてグレイスの剣は軌道を曲げられ地面に突き刺さっており、ロゼッタは狐につままれたようにぽかんとして立っていた。
「あれ? アタイ、なんで立ってんだ?」
何が起きたかはわからないが、誰がやったかは明白である。ロゼッタとグレイスの間には、一人の男が立っていた。中年から壮年に差し掛かろうという男だが、引き締まった表情は若者のように覇気を放っており、齢を感じさせない男だった。
「やめろグレイス。これから退却って時に、面倒事を起こすんじゃねぇ」
「ベッツ副長・・・でも」
「でもじゃねぇ。さっさと消えろ、二度言わせるな」
グレイスは不満そうにベッツを見たが、ベッツが無言で睨むと、大人しく剣を収めて回れ右をした。そのままダロンの方をちらりと見ると、少し目を伏せがちにしてその場を去った。ダロンもまた、今は何を言ってもグレイスの決意が変わらないと思ったのだろう。そのままグレイスを見送る事とした。
「いいのか。そなたの妻のようだが」
「ああ、今はこれでいい。生きていることがわかっただけで十分だ。里への言い訳はその時に考えるさ」
「鷹揚だな。巨人とはそのようなものか」
「人間よりは時間があるせいだろう」
エアリアルとダロンがそのような会話を交わしている時、ロゼッタの興味は既にベッツに移っていた。既に剣がベッツに向けられている。
「よう、おっさん。今アタイたちに何した?」
「ちこっと力の向きを変えただけだ。だがお前さんこそ何してる? 剣ってのは冗談で切っ先を向けていい物じゃねぇぞ」
「冗談のつもりはねぇさ。強そうな奴がいたら戦ってみたいのが戦士の本能だ。こちとら大マジだ。それよりよ、副長っていうからには、当然さっきの巨人や、さっきの戦いで先頭をきった獣人よりも強いんだろ? ちょっとアタイと踊らねぇか?」
ロゼッタの誘いに、ベッツはため息をついただけだった。
「はぁ・・・威勢はいいがな、自分の力量を考えて喧嘩を売らにゃならん」
「どういうことだよ?」
「俺とお前さんじゃ相手にならねぇって言ってんだよ、馬鹿野郎め」
ベッツの右腕が動いたかと思うと、ロゼッタは手元に軽い衝撃を感じた。そして次に見たのは、中ほどから折られた大剣であった。ベッツの腕の位置を見る限り、そして折れた剣がベッツの右側の地面に深々と刺さっているあたり、どう考えてもベッツが裏拳でロゼッタの大剣を折ったとしか考えられなかった。だがロゼッタの手元に衝撃がなかったのはどういうわけか。
「・・・ハァ?」
「俺とやりあいたけりゃ、せめて今の攻撃くらい防げるようになるんだな。まあ酒の相手ならしてやらんでもないが。
てめぇら、何見てやがる! 余興は終わりだ、さっさと引き上げるぞ!」
ベッツが吠えると、周囲にいたブラックホークの団員は蜘蛛の子を散らすようにその場を去った。
そして彼らが去った後、ダロンとエアリアルが再び言葉を交わしていた。
「・・・世の中にはまだまだ強い者が大勢いるものだ」
「ああ。我こそはと思う者は外の世界で武者修行をするのもよいだろうと年配者が言ったことがあるが、今その意味が分かった気がする。先ほどの技、どれほど腕力を鍛えようともできる気がしない。まさか当たる瞬間に『指で挟んで』剣を折るとは。あのベッツとかいう男は、信じられないくらいの研鑽を積んだのだろうな」
ダロンとエアリアルは純粋に感心する一方で、ロゼッタは自慢の大剣を自信と共にへし折られて、その場に呆けて突っ立っていたのであった。
続く
次回投稿は、11/2(土)8:00です。