足らない人材、その154~楔⑱~
「何かの間違いだろ? あのおとなしいダロンが団内で揉め事を起こすなんざ、考えにくい」
「それが喧嘩を売られたようで・・・」
「それこそ馬鹿馬鹿しい。あの巨漢を見て、誰が喧嘩を売ろうってんだ」
「いや、でも」
「ああ、鬱陶しい!」
ロゼッタは報告してきた部下を突き飛ばすと、自ら柱に立てかけてあった大剣を持ちだして、背中にかつぐ。
「エアリー、来い! あのウスノロが本気で暴れたら、アタイら二人がかりじゃないと無理だ! どこのバカが喧嘩売ったのか知らないが、さっさと止めるぞ!」
「あ、ああ」
エアリアルはロゼッタの剣幕につられるようにして出て行ったが、出る時にちらりとアーシュハントラの方を見た。エアリアルはこの時、ダロンとロゼッタを放っておいても、アーシュハントラを問い詰めておくべきだったと後悔する事になる。
***
外に出たロゼッタが見たのは、既に斧を抜いたダロンだった。対峙する女戦士は大剣を抜き放ち、既に一触即発の状態なのが見てわかった。
「やめろ、グレイス!」
「やめるわけにはいかないのよ!」
相手はブラックホークの0番隊隊員、グレイスだった。巨漢の二人が武器を構え合うさまは、それだけで圧巻である。まだ武器を合わせてはいないが、その迫力に誰もが仲裁に入れないでいた。
「おい、カナートがベッツ、アマリナあたりを呼んでこい!」
「全員外に行ってる! ミレイユならその辺にいたぞ?」
「あいつは呼ぶな、話がややこしくなる!」
「それもそうか」
ブラックホークの団員もグレイスの前に立つのは怖いのか、尻込みしながら彼女を止めることができそうな面々を探していた。
だがそれはイェーガーの面々も同じことで、ダロンの前に立てよう者などほとんど居るわけがない。誰もが周囲でその成り行きを見守るだけだった。
だがその間にずけずけと入っていくロゼッタ。まさに怖いもの知らずとしか言いようがない登場はまさに天の助けといわんばかりに、全員が胸を撫で下ろした。
「はいはい、何が原因でやりあってんだ? アタイに話してみねぇか?」
「なんだお前は!」
「ロゼッタ、気持ちはありがたいが大丈夫だ。これは俺たち夫婦の問題だからな」
「ああ、そうですか。でもアタイも立場上、武器を抜いての喧嘩を認めるわけにゃ・・・なんだって?」
呆れていたロゼッタの目が、好奇に光る。ダロンはため息をつきながらもう一度同じことを言ったのだ。
「だからこれは我々夫婦の間の問題だと言ったのだ。彼女――グレイスは私の妻だ」
「「「ええええ!?」」」
ロゼッタも驚きの声を上げたが、ブラックホークの団員の方が驚いていた。誰もグレイスが既婚者であることを知らなかったのだ。
顔を上げたグレイスは戦士の表情ではあったが、その造形は無骨な巨人にあってかなり普通の人間より整った方だった。精悍でこそあるが、着飾ればそれなり以上に可憐に見えるだろう。ただ、体の大きさが並みの男の1.5倍近くあるため、同族以外、可憐とは言い難いかもしれないが。
ともあれ、ダロンに交戦の意思がないことは明らかだったが、グレイスの方はかなり殺気に満ちていた。何があったのかと、気を取り直したロゼッタが改めて聞き直す。
「で、結局何が原因なのさ? アタイも立場上、聞かないといけなくてね。いや、つーか聞いてみたい」
「ふぅ・・・俺が北のピレボスを越えてこちらに来たのは、妻を探すため。そう言ったな?」
「ああ、言った」
「その妻がブラックホークにいたのだ。連れ帰るのが当然だと思ったが――」
「私は帰らない! まだ帰れないんだ!」
グレイスの方は声を荒らげて抵抗していた。その声の張りに、ブラックホークの団員たちも驚いていた。グレイスがヴァルサスに負けて以来、彼に勝つために0番隊に所属していることは多くの団員が知っていたが、彼女が声を荒らげているのは初耳だった。グレイスは戦いの時も静かに、そして激しく剣を振るうのが彼女の戦い方だと誰もが思っていたからだ。
その体格も相まって、どこかで成熟した大人の女性という印象を受けていた団員たちだが、今のグレイスはまだ落ち着きのない少女のように叫んでいたのだ。実際の所、グレイスの精神年齢はまだ20そこそこで、いつも共にいるアマリナが大人びているせいで全員が勝手に勘違いしているだけだったのだが。
グレイスが吠える。
「ダロン、あなたが里から離れてまで追いかけてきてくれたことは嬉しい。それに、外の世界を見たかったという私の欲求は確かにほとんど満たされた。でも、戦士としてヴァルサスに一太刀浴びせるまで、私は里に帰れない。戦士の一族が負けたままなど、誇りが許さないから!」
「むぅ、その気持はわかるが、既に許可された年限は超えている。最低でも一度は里に帰って欲しいのだが・・・」
ダロンは困りながらも、グレイスのために何かできないかと考えていた。同時に、言い出したら聞かないグレイスの性格も知っているが、これ以上の長滞留は里の長老達の怒りに触れかねない。これ以上里の長老たちを怒らせれば、理由の如何にかかわらず永久追放もありえる。それは巨人として、ありうべからざる不名誉な出来事なのだ。
だが、ダロンには名案が思いつかなかった。そして無骨な彼はうまい言葉も見当たらず、その場に黙って立ち尽くすだけとなった。そんな彼にグレイスもロゼッタも苛立っていた。
「あなたが許可してくれなくても、私はまだこの団を離れない。どうしてもというなら、あなたを――」
「おっと、その先は言いっこなしだ」
ロゼッタが大剣を抜き放ち、突然グレイスに斬りかかった。驚いたグレイスが、思わず剣で受ける格好になる。
続く
次回投稿は、10/31(木)8:00です。