足らない人材、その153~楔⑰~
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「それにしても、ウィンティアがこの傭兵団に身を寄せることになるとは」
「ええ、私も意外だったわ。でもそうも言っていられなくて」
エアリアル、ウィンティア、それにアーシュハントラがテーブルを囲んでいた。そこにはなんとなくロゼッタも座っていたが、話としては完全に蚊帳の外だった。一息いれたい彼女としては、なんとなくその場にいれば休憩できるかと思ったのだが、退屈を持て余していることは傍目にも明らかだった。
そしてウィンティアの見た目は予想以上に団員や兵士たちの目を引いた。贔屓目に言っても際立って美しいウィンティアであり、また妖精の羽を隠しもしないものだから、エメラルドやユーティで珍しいものに慣れている傭兵団の面々ですら、作業を止めて彼らのやりとりを見てしまっていた。
だがウィンティアの振る舞いは至って自然であり、またこのテーブルを囲んだ人間たちは人目を気にするような性格ではなかった。彼らはあくまでいつもの調子で、話を進めるだけだった。
「あなたたちが去った後、大草原では色々なことが起きたわ。冬の季節を前に魔獣達は凶暴化するものだけど、黒の魔術士が大量の魔王を放ったせいで、大草原は荒れに荒れた。魔獣たちの生活圏は塗り替えられ、いくつかの部族は襲撃されて滅んだ。
そして最後は魔王同士の同士討ちが始まった。話に聞く大戦期の再現のようだったわ。魔王たちは自らの手駒をぶつけ合い、大草原は戦火に包まれた。そして戦火は外の世界から災いを呼び寄せた。4人組の人間と、三人組の少女の恰好をした魔物。彼らは大草原を蹂躙し、そして去って行ったわ。
あの後、アルネリア教会が大草原の異分子たちを一層してくれなければ、大草原は遠からず死の大地と化していたでしょう」
「そうか、我がいない間にそんなことが起きていたのか。これは守人失格だな」
エアリアルが厳しい顔で言ったが、ウィンティアは否定した。
「いいえ、エアリアル。あの場に貴女がいても正直どうしようもなかったと思うわ。そのくらい敵の数は多く、強かった。ファランクスがいても正直どうなったか・・・」
「父上――そうだ。父上は最後に魔法を使ったようだったが、あの後始末は大丈夫であったのだろうか。父上は日ごろから滅多な事では火の力を使わなかった。乾燥した大草原では、自分の力が致命的な大火災を起こしかねないと知っていたから。あの火はどうやって食い止めたのだ?」
「それは――」
「その事については私が話そう」
ここでアーシュハントラがとってかわる。
「実は私がウィンティアに出会ったのは半ば偶然でね。私は大草原で起きたある出来事を調べに行ったんだよ。
知っているかい、エアリアル。今キミと炎獣が住んでいた岩山は、深い森となっていることを」
「は? いや、知らないが・・・森だと?」
「そう、とてもとても深い森だ。大草原の生き物さえ、入るのを躊躇うような深い森。今も急速な成長を続けているよ」
アーシュハントラは熱に浮かされるように軽快に語った。事実、彼は面白がっているのだろう。目が玩具を見つけた少年のように輝いている。
「あの森は自然の産物じゃあない。おそらくは誰かが魔法を使ったのだろう。成長を続けているのは魔法の余波に過ぎない。
大草原で魔法が使われたのは私も確認した。ファランクスが使った魔法の規模を考えれば、あそこには向こう100年以上食物は育たないはずだ。だって、溶岩が冷えて固まっても、土は命を育てる栄養素を含まないしね。だからあんなところに植物が育つとなれば、それはもう魔法だ。それもファランクスの魔法を打ち消して余りあるほど強力な。
では問題だ。大草原最強の生物が使う魔法を消して余りある魔法を使う者は、一体誰だろうね?」
「・・・知らん、我が知ろうはずもない」
エアリアルは困惑しながらも答え、そしてアーシュハントラはにこやかに答えた。
「私も知らない。でも、それを行った人物は確実にいる。私はその人を探しているんだよ。私の想像だと、きっとその人物には近づいているんじゃないか。そんな気さえするんだ。
それにその人は、俺の追い求めている答えを教えてくれるかもしれない」
「答え?」
「そう、答えだ」
アーシュハントラはエアリアルの明確には答えなかったが、ウィンティアにはアーシュハントラの言わんとしたことがわかったのか、困ったように眉を潜めていた。
アーシュハントラは続ける。
「それにその人の行いに、私も君も感謝しないといけないな」
「なぜ」
「だって、森を作ることで遺跡を隠すことに成功したからさ」
「!」
アーシュハントラの言葉に、エアリアルがはっと息を飲んだ。
「貴様、どうしてそのことを知って・・・」
「あれ、私の勇者としての功績を知らないのかい? 私の勇者としての功績は、古代遺跡や歴史の保存なのさ。戦闘に関する技術は二の次だよ。大陸中にある遺跡を調べていればわかることだ、明らかに我々よりも優れた技術を持った何らかの種族が存在したことは。
それでも大草原の遺跡は特別で、私が調べた中では最大のものだろう。以前ファランクスに頼んでその遺跡を少し見せてもらったことがあるが、とてもじゃあないが調べ尽くせるものじゃなかった。外から情報収集をして全容の解明にちょっとは役立つかと思ったけど、入り口があの森に阻まれて、あのままじゃもう入れそうにないなぁ・・・いやはや、残念だ」
アーシュハントラは首を振って心底残念そうにしたが、その意味がエアリアルは理解できなかった。そもそも、いつこの男は父であるファランクスと交流を持ったのか。それに、どうやって遺跡の事を知ったのか。エアリアルがそのことを問いかけようとしたとき、周囲でわっと歓声が起こった。
ロゼッタが目を覚ましたように、大きな声を出す。
「何の騒ぎだ!」
「へえ、姐さん。喧嘩です」
「誰と誰が?」
「相手はわかりやせんが、一人はダロンです」
「ダロンが!?」
ロゼッタはびっくりし過ぎて、椅子から転げ落ちてしまった。ぶつけた腰を痛そうにさする。
続く
次回投稿は、10/29(火)8:00です。