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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
773/2685

足らない人材、その152~楔⑯~


***


 ロイドが死に、また多数の戦死者を弔うための準備がなされていた頃。一つの天幕の中で意外な人物二人がひそかに話し合いを行っていた。ジェシアとコーウェンである。


「やはり~、そういうことでしたか~。フォスティナさんとの話を密かにインパルスから聞き出しましたが~、あなたはフェニクス商会の――」

「その反応を見る限り、想像していたみたいね」

「まあおおよそ合っていた~、ってところですね~。メイヤーの入学試験ほど高得点ではない正解でしたが~」


 コーウェンがにこやかに答えるのを、ジェシアは口元から自然とこぼれる笑みを止めようともせず見ていた。


「ふっふふ・・・もちろん私は、私の欲に正直な人間ですからね。たとえ命を対価に命令されても、嫌な命令には従わないわ。しかしこのジェシア様の嗅覚と読みも捨てたものじゃないね。この賭け、相当に分の良い賭けになってきそうだわ」

「私が合流したことで~、その賭けはさらに勝てる賭けになってきたと思いますよ~? 私の頭脳とあなたの物流~、そしてアルフィリースの発想があれば怖い物なしです~」

「確かに。あんたの考えでは、『いかに普通の人間が魔王を倒すか』に、この戦いはかかっていると言ったね?」

「その通り~。アルフィリースは私が思っていた通りの人物でした~。責任感が強く情が深いゆえに~、彼女は仲間が傷つかなければよいと思ってしまいます~。ですが指揮官などの人を動かす立場にある人物は~、どこかで冷徹に人を『使う』という感情を持たなければいけません~。アルネリア教会という組織はそのことをよくわかっていますが~、アルフィリースはまだ迷っているようですね~。

 ですがアルフィリースはもはや望むと望まざるにかかわらず~、魔王と相対することになります~。その時に魔王の矢面に立たざるを得ないであろう一般の兵士、傭兵たちに戦う力がないのでは~、彼らは無力な民衆と変わりません~。アルフィリースは集めた仲間の中から精鋭だけを選抜して魔王の相手をするつもりなのでしょうが~、そうは問屋が卸さないでしょう~」

「確かに、戦える人間は多い方が結構だわね」


 ジェシアは神妙そうに頷いた。ジェシアの考えは、その点においてはコーウェンと一致していたのだ。ただコーウェンが考えているほどジェシアの想像は具体的ではなく、また想定した敵の姿も違ったものだったが。


「コーウェン。その考えをいつアルフィリースに話すつもりなの? 行動に移すなら早い方がいいわ。私の方にも準備が必要だし、行動には思ったより時間がかかるわ」

「アルネリアに帰還次第すぐにでも~。今はさすがにアルフィリース団長も疲れているでしょうから~」

「あら、優しいのね」

「いえいえ~、疲れていると判断能力は鈍りますから~。ただそれだけを心配しています~」

「この人でなし」

「褒め言葉にしかなりません~」


 コーウェンはにこりとしてその場を立った。ジェシアはため息をついたが、この女は確かにこの団に必要な人材だとジェシアは考えていた。ただ問題があるとすれば、ともすれば非人道的な手段を取りかねないこの傑物を、アルフィリースが使いこなすことができるのかということだった。

 ジェシアは去りかけるコーウェンに、そっと声をかける。


「コーウェン、交換条件よ。私がアルフィリースについた理由は聞かせたわ。あなたがアルフィリースの元についた本当の理由を聞かせて頂戴。自分の実力を試したい、だけなのかしら?」

「・・・私、本を書いておりまして~」

「本?」


 意外な答えに、ジェシアは首をかしげた。


「何の本なのかしら? まさか恋愛小説、なんて言わないわよね?」

「それは面白い冗談ですが~、兵法書を書いているんです~。今存在する兵法書は、どれも儀礼や古典的な礼法に法ったものばかり~。ですが、戦争とは残酷でえげつなくて、無慈悲なものなのです~。自分たちは倫理観を守って闘うつもりでも~、相手がそうでなければ意味がありません~。そして敵とは~、いつも言葉が通じるとは限らないのです~」

「魔獣や魔物ってこと?」

「それもありますが~、それ以外の可能性も~」

「? どういうこと?」


 だがその質問にコーウェンは答えず、ただにこりとしただけだった。


「・・・ともあれ~、今ある兵法書はどれもお行儀が良すぎてこれから訪れる戦いには役に立たないものとなるでしょう~。ですが同時に決して負けてはいけない戦いになる~、そんな予感がするのです~」

「予感とは、なんとも非論理的な言葉ね」

「そうですね~、ですがかなり確実に訪れる未来だと私は想像しております~。私の兵法書はメイヤーの学術総会では一笑に付されましたが~、それでも私の本がこれから必要になると考えているのです~」


 コーウェンは相変わらず間延びした口調だったが、ジェシアは確信した。確かにこのコーウェンもまた、各個たる信念に従い動いているのだと。それはこの静かに歴史が変わろうとしている時期に、誰もが求める人材だとジェシアは感じ取ったのだった。



続く

次回投稿は、10/27(日)10:00です。久々連日投稿です。

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