足らない人材、その151~楔⑮~
「どうして? そこまで深手ではなかったはずよ?」
「アルネリアの治療班がいなかったことが致命的だった。敵の武器は毒付きだったんだ。表面上の傷はなんとか塞がっていたせいで、誰もロイドの経過を見ていなかった。朝配給の奴が見回った時には、自分の天幕の中でもう死んでいたそうだ」
「アルフィ、ごめんよぅ。ワタシがもっとしっかり見ておけば・・・」
「ユーティのせいじゃねぇ。あれだけの数の負傷兵を正規軍、傭兵問わず面倒見てたんだ。見落としぐらい出るさ。敵の毒も遅行性のやつだ。気付かなくてもしょうがない」
うなだれるユーティを、ラインが慰める。アルフィリースは呆然とその言葉を聞いていたが、徐々に我に返り始めた。
「・・・で、ロイドがいなくなったことで当面の問題は?」
「ああ、代行はファーンでいいだろう。騎士の家の出で、指揮能力にも長けているやつだ。とりあえず帰還するだけだし、問題なくロイドの代わりを務めるさ」
「そう。ならそのファーンに隊長代行をさせて頂戴。後で私の元にも直接来させて。その上で問題なければ、アルネリアに帰還後、会議の上で正式に大隊長に就任という形になるわ」
「その流れで問題ないだろう。じゃあ手筈は俺の方でやっておく。アルフィリース、出発まではまだ半日以上あるから少し休め。ひどい顔が余計にひどくなってる」
「余計なお世話よ」
ラインの皮肉にもあまり元気のない反応を返すアルフィリース。その反応にラインはやや心配そうな表情をしながらも、その場を離れていった。後に残ったのはリサとアルフィリース。
「・・・リサには仕事がないの? まさか心配してくれている?」
「一応。デカ女は駄肉の割に、時に繊細ですから」
「ありがと。でも大丈夫だから、少し休ませて」
「あまり無理はしない事です。リサも仕事で離れますが、ここは人払いをしておきましょう。帰還前に休息をしっかりと取ってください。よくよく考えればろくな食事も摂っていないのでは? 後で誰かに持ってこさせましょう」
そう言ってリサはその場を離れたが、しばらくして言った通りにレイヤーが簡単な食事を運んできた。その時、アルフィリースはまだうなだれたままだった。
レイヤーは、アルフィリースが腰かけていた椅子の傍らのテーブルの上に、そっと食事を置いた。
「アルフィリース団長、食事を持ってきましたが・・・大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと疲れただけ。ありがとう」
レイヤーはあまり見ないアルフィリースの姿にどうしたものかと考え込んだが、かけるべき言葉も見つからないので静かに食事を置いてその場を離れようとした。
その背後から、アルフィリースがいつもより少しか細く声をかける。
「レイヤー、あなたも相当無理をしているはずよ。ちゃんと休憩しなさい?」
「いえ、僕はただの下働きですから――」
「今日の攻城戦、あなたの働きが無ければここまで簡単には落ちなかったわ」
その言葉にレイヤーの瞳が驚きに見開かれた。
「・・・コーウェンから聞いたのですか?」
「そう、コーウェンの命令なの。あの子、私に内緒で色々やっているのね」
その応答を見て、かまをかけられたとレイヤーが気が付いた時には遅かった。レイヤーは内心でしまったと思ったが、どうにもならない。
「いつから気付いていたのですか?」
「最初にあなたを仲間にした時よ。私はこう見えて勘が働くの。あなたが普通の子どもにはどうしても見えなかった。
確信したのはさっきだわ。最近の私は、周囲の様子が手に取るようにわかる時があるの。それは不意に来る感覚で、きっとセンサーのそれとも違うものだけど、結界や魔術でも阻害されないの。あまりに攻城戦の最初において敵の抵抗が少ないから何かわからないかと思って感覚を研ぎ澄ましてみたのだけれど、城の中で大きな魔術の気配が消えたのがわかった。その周囲であなたが戦っているのがわかってしまったの。上手くその後は姿を消したわね。一緒にいたヴァルサスと神父さん以外には、誰もあなたに気が付いていないわ」
「そこまで・・・」
レイヤーは改めて自分がどういった人間に仕えているのかを知り、ごくりと唾を飲んだ。やはりアルフィリースは普通の人間では無い。自分は人間というよりは獣に近い存在だとレイヤーは感じているが、アルフィリースは間違いなく人間でありながら、時にそれ以上の何かを感じさせる。
アルフィリースは続けた。
「それにしてもコーウェンはしっかりと手綱を握っておかないと危険ね。今は私のために活動しているようだけど、その牙をこちらにむけられたら、たまったものじゃないわ」
「いざとなれば、僕が始末しましょう。あの程度、薪割りよりも容易く真っ二つにできる」
「あまり怖い事をいうものじゃないわ、レイヤー。あなたの剣を汚すような命令はそう簡単に出せない。これでも私は多少倫理観を持ち合わせているのよ?」
「いえ、逆ですアルフィリース。団内には――いえ、集団には常に汚れ役が必要です。ルナティカだけではどうにもならない時もあるでしょう。その時のために、僕がいると考えてください。幸いにして僕には惜しむべき名誉も家族もありません。エルシアもゲイルも、もう自分の道を歩き始めています。もうまもなく僕が見守る必要もなくなるでしょう――だから必要とあれば僕の剣を十分に使ってください。まだそれほど大した剣じゃないですけど」
「大したことのない剣で黒の魔術士はやれないわ・・・だけどコーウェンに限らず、おかしな動きが団内にあったら知らせて頂戴。ただどうするかは私が決める。あなたは自ら汚れることを好まないようにお願いするわ」
「それがご命令とあれば」
レイヤーは一礼してその場を去ろうとした。その背後からさらに声がかかる。
「レイヤー、あと一つだけ。いずれ自分の道はしっかりと見つけなさい。命令に従うだけが生き方じゃないわ。それに貴方は誰がどう見ても人間よ、私が保証するわ」
その言葉に再びレイヤーの瞳が見開かれ、そしてレイヤーは深々と礼をしてその場を去った。その瞳になぜ涙が滲んだのかは、レイヤーにもわからない。
思えばこの時、レイヤーには一つの決意が生まれていたのであった。
続く
次回投稿は、10/26(土)11:00です。