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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その149~楔⑬~

「・・・ではお答えしますけどぉ、戦争を早く止めることでアルネリアに何らかの益はありましたかぁ?」

「アルネリアの・・・益?」

「そうです~。私たち巡礼は依頼を完遂することを目標にするのと同時にぃ、アルネリアの最大福利を考えて行動していますぅ。今回の戦争での目的はぁ、『ヴィーゼルとクライアの調停』ではなくぅ、『戦争を利用して動く者たちは誰かを炙り出す事』だったと思うんですけどぉ、違いますかぁ?」

「む」


 ミランダは口ごもった。それはミランダとミリアザールの間では共通の認識だったが、まさか巡礼の中にそこまで考えている者がいるとは思っていなかった。エルザは独自の調査とミリアザールの依頼でそこまでの考えに至っているが、まさか他の者まで戦略眼を持って仕事をしているとは思ってもいなかった。

 たしかに、2国の戦争を調停するだけならこの番手の巡礼でなくともよいし、公式にアルネリアの権利を発動すればよいだけのことだ。自らに課される役割とは何かを考え、動いたということだろう。どうやらイプスは口調と裏腹に、かなり頭は切れるらしい。さらに彼女は話を続ける。


「一応~、子飼いの部下を使ってヴィーゼルとクライアは常に監視していたんですよぅ。いつ調停を行おうかとねぇ。そこのアルフィリースさんの傭兵団が来ていなければ、正直もうとっくに止めている予定でしたぁ。クライアの即席魔王生産工房を押さえて終わり。でもアノルン大司教が派遣したって聞いたから、今止めるとアノルン殿の面子を丸潰れにしちゃうと思ってぇ」

「ワタシに配慮したと?」

「まあ、ぶっちゃけ? 結果は思った絵と異なりましたがぁ、まあ上出来ですかねぇ。収めやすい形になってますし~」


 イプスはニコニコとしながら答えた。一応話の筋は通っている。口調こそ腹立たしいが、ミランダも頭では理解してはいる。ヴィーゼルよりもクライアが組みしやすく、これからも何かと利用しやすいと。シスターが双方の陣営へ派遣されていないのも、単に消耗戦にシスターなどの後方援護を投入すれば、いたずらに戦争を長引かせるだけだと判断したからだろう。

 だが、何かがひっかかる。それは理屈的な問題ではなく、本能の問題。どこかこのイプスはおかしいと、ミランダは感じていた。今までのアルネリアの歴史で知っている巡礼とは、どこかが違うと。


「・・・よろしい、この件は一度不問に処しましょう。結果として戦争は収まり、ワタシの命令が中途半端だったことも認めましょう。細かな指示が足りないのは、ワタシの不備だわ」

「さっすがぁ、大司教は心が広い~」

「ただ一つ。イプス、正直に答えなさい」

「はい~なんなりと~」

「お前が忠誠を誓っているのは、一体誰だ?」


 ミランダの質問に、イプスの一瞬笑顔が凍りついた。そのわずかな変化をミランダもアルフィリースも見逃しはしなかった。

 イプスはすぐに表情を戻して答える。


「もちろんミリアザール最高教主ですよ~?」

「了解した、それが聞ければ十分よ。行ってよし」

「は~い、それでは失礼いたします~みたいな?」


 イプスは恭しく一礼すると、足早にその場を去って行った。ああ見えて、今後彼女には戦後処理の調停役としての仕事がある。決して時間を持て余しているわけではないのだ。

 ミランダはイプスが去ったあとで大きくため息をつくのを見て、アルフィリースが苦笑した。


「盛大なため息ね、気持ちはわかるけど。癖の強い人だったわ」

「聞かれたかな?」

「どうかしら」

「まあいいさ。どのみち今の所アタシの方が彼らより立場は上だ。面と向かって歯向かうだけの理由もまだないだろうし、彼らも彼らで新しい部署の体制確立に忙しい。仕事を十分に与えている限り、余計な事をする暇はないだろう」

「なるほど、そうやって手を塞ぐのもありなのね。ところで大司教って身分はどうしたの? 選定から外れたんじゃなかったっけ?」

「ん、ああ。対外的には大司教って役職にしたんだよ。いきなり名もないシスターが大司教より上についたんじゃ、あまりに不自然だ。かといって、大司教より下じゃ巡礼の者達を運用するのに不便だってことでさ。いちおう最高教主候補なんだよ、ワタシ?」

「どうにも実感がわかないわ。ミランダがね~」

「こいつぅ!」


 ミランダは久しぶりに笑った気がした。やはりアルフィリースと共にいるのは気兼ねが無くていいと、改めて実感するミランダだった。


***


 そんな二人を残し、足早にその場を去るイプス。彼女にはこの後山のように仕事がある。また彼女が本来抱えている案件も考えれば、ここで悠長に過ごすわけにもいかなかった。間延びしている口調のせいで誤解されやすいが、彼女は巡礼の番手が示すとおりの有能さである。ただどれだけアルネリアのシスターとしての能力が上がろうとも、彼女の口調が正されることはなかった。これが個性なのだと、イプスは自分で主調している。

 そんなイプスに陰から声がかかる。


「よう、イプス。珍しく焦ってるなぁ?」

「ブランディオ、なぜここにぃ?」


 イプスは足をはたと止めて仲間の姿を見た。同じく巡礼のブランディオ。イプスの少し年上だが、アルネリアの洗礼を受けたのはイプスの方がはるかに早い。ブランディオはかなり年長になってからアルネリアに属したが、イプスは物心つくかつかないかの頃からアルネリアのシスターだった。

 ゆえにイプスは内心ではブランディオが嫌いである。懸命に努力した自分を、一足飛びに超えていくブランディオ。彼が同じく懸命に努力をする男であれば多少認めもしたであろうが、イプスは一度たりともブランディオが何かを懸命に取り組んでいる姿を見たことがない。勉強にしろ魔術の訓練にしろいつも適当で、成績は並みなのに実績を出すブランディオ。認めたくはないが、イプスはブランディオに嫉妬していた。


「お暇なようですねぇ、ブランディオ? こんなところに来ているお時間がありますかぁ?」

「それが、ワイの仕事はもうほとんど終わっててな。時間ができたさかい、後輩の面倒でも見たろ思うてこっちに出向いたんや」

「嘘ばっかりぃ。私が頼んでも何も教えてくれないくせに、そんなこと思うわけないでしょう? どうせ黒の魔術士でも見に来たんでしょうよぉ」

「なはは。ばれたか」


 ブランディオは愛嬌っぽく舌をぺろりと出したが、イプスはぷいとそっぽを向いた。


「手伝ってくれないなら話しかけないでくださるぅ? こう見えても私、暇じゃないのぉ」

「まあまあ、一個だけ教えてくれたら手伝ってもええで?」

「・・・聞きたいことはぁ?」


 イプスが食いついたのを見て、ブランディオは笑顔を一層強めた。



続く

次回投稿は、10/22(火)11:00です。

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