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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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アルネリア教会襲撃、その5~ドゥーム侵攻~

「何!?」

「惜しい」


 黒い霧のような姿に変化しロクサーヌの剣をかわすと、直後、背後に現身するドゥーム。


心身変換メタモルフォーゼの魔術だと!?」


 心身変換の魔術は昔は比較的一般に普及していた無属性系統の魔術だが、現在ではまず使用者がいない。主な使用方法としては羽を形成して高い所に向かうなどするが、変形させた部分にわずかでも欠損が出ると、変形させた部分が上手く元に戻らなくなる。そのため危険性が非常に高いとされ、一回限りの使い捨ての突撃兵士などに様々な変形を施した上で昔は使用されたが、現在ではその残虐性から国際的に魔術協会が使用を禁止した。

 なお非生命を疑似生命に変化させる、あるいはその逆の魔術もあるが、かなりの高等魔術であり、使用魔力も相当量を消費するため現在は使用する人間がほとんどいない。それよりはミリアザールやテトラスティンが使う『使い魔』の魔術の方がよほど対費用効果コストパフォーマンスがよいのだ。

 それをたやすく使うドゥームの能力に、ロクサーヌは驚きを隠せないと同時に恐怖を覚えた。ドゥームは彼女達の考えを悟ったのか、説明をしようとするが、よく考えれば敵にそんな親切にする必要もないかと思い直す。


「正確にはメタモルフォーゼじゃないんだけど、まあいいや。君はおーしまい!」


 ドゥームがロクサーヌに向けて闇魔術を行使しようとしたその刹那――


「いえ、おしまいなのは貴方です」


 20本をゆうに超える水の矢がドゥームを取り囲んでおり、ベリアーチェが「放て!」と叫ぶと一斉にドゥーム目がけて放たれる。だが完璧なはずのそのタイミングは、またしても不発に終わる。


「だから僕には当たらないんだって!」

「それはどうでしょうか?」


 靄になってかわすドゥームだが、かわしたはずの矢が転移先に正確に飛んできた。


自動追尾ホーミングだって?」

「メタモルフォーゼも連続使用はできないでしょう。かわして御覧なさい!」


 今度こそ避けられない。そうベリアーチェとロクサーヌが確信したが、またしてもその期待は裏切られた。


「な・・・」

「矢が届かない?」

「だから当たらないんだって、その程度じゃ。本来なら躱すまでもないんだから」


 空中で矢は静止し、ふとかき消えた。得心のいかないこの状況に焦りを覚える2人。


「このままやっても僕が勝つけど、時間もないし面倒だ。特別に僕の本気を見せてあげよう」


 その言葉と共に、ドゥームの周りに黒いもやのようなモノが浮かんでくる。最初は何なのかわからなかったベリアーチェとロクサーヌだったが、それらの形がはっきりしてくるに従い、顔が真っ青になっていく。


「な、なんだって・・・」

「なんておぞましい・・・」


 オオオオオオオォォォォォォ・・・


 ドゥームの周りに現れたのは無念のうめき声を上げる悪霊の集団。それも10や20ではきかない数だった。数百を超える悪霊達が盾となり、先ほどの攻撃を防いでいたのである。


「アハハ、この子たちかわいいでしょ? そうだねぇ、僕に職業名をつけるとしたら、『悪霊使い(レイスマスター)』ってところかな? この子たちは便利だよ。頼みもしないのに自動的に僕を守るから物理的にも魔術的にも不意打ちは通用しないし、もちろん意識して使うこともできる。だから何の魔力もなしにこの悪霊を絡みつかせることで人をねじ切ったり、場合によっては悪霊を憑依させることもできる。本来僕に魔力や魔術は必要ないんだよ。

 ちなみに今回連れてきているこの周りにいる悪霊達は、全部僕が殺した連中だ。僕が殺した相手は、半自動的にこの中に組み込まれるからね。僕に恨みを抱いてるはずなのに僕を守るなんて、滑稽でしょ?」

「最悪の発想だわ・・・」

「下衆野郎すら生ぬるいな。こいつを表現する言葉を、私は持っていない」

「心配しなくても君達も僕のコレクションに加えてあげるよ。僕と一緒に楽しもうぜ♪」


 ドゥームの楽しそうな声と共に、ドゥームの周りの悪霊達がざわざわと騒ぎだす。その声は徐々に人の肉声へと変化し、ベリアーチェとロクサーヌにも聞こえるほどになってきた。


「いやぁ、ここはどこ・・・」

「おかあさーん、あついよぉ」

「コロスコロスコロス」

「タスケ、テ・・・」

「あなたー! 逃げてぇー!!」


 聞き取った声に、ベリアーチェとロクサーヌがカタカタと震えだす。戦う者としてそれなり以上に経験を積んだ2人だが、目の前にいる存在は自分たちにとって荷が勝ちすぎる相手だとわかってしまった。なにせ負けた場合ただ死ぬだけではなく、永遠にこの少年に囚われたまま魂の髄までしゃぶりつくされるのだ。まともな死に方も、名誉の戦死もあったものではない。

 それにドゥームがまとう悪霊たちは、見る者に恐怖を与える効果もある。精神耐性を予め準備しておかないと、防げるものではない。


「さぁ・・・どこからいこうか。手? 足? あ、でもマーメイドに足は無いから、そのきれいな胸からいっちゃう?」

「ひっ」

「バケモノめ!」

「もう、だから褒めすぎだってば、照れるなぁ!」


 その瞬間悪霊達が渦となってベリアーチェとロクサーヌに襲いかかる。二人はドゥームという存在に飲まれたのか、かわすこともせず、丸まったようにしてその直撃をうけてしまった。


「きゃあああ!」

「うわぁ!」


 回廊を吹っ飛ばされ、深緑宮まで転がり回る2人。第1区画と呼ばれる入口部の部屋の壁に突き当たってようやく止まった。ベリアーチェは体中傷つきながらもかろうじて動けるが、ロクサーヌは打ち所が悪かったのか、ピクリともしない。


「ろ、ロクサーヌ・・・無事ですか・・・」

「・・・」


 ロクサーヌが口から血を流して倒れているが、返事がない。そこかしこに他の近衛の気配はあるが、ここでの最優先事項は最高教主の護衛。その前では各兵士の命など、米粒程度の価値しかない。それを徹底されている兵士達は内心がどうあれ、この2人がここでなぶり殺しにされようが命令があるまで決して動かない。ベリアーチェやロクサーヌも亜人でありながらこの深緑宮の近衛を務める身。その事情はわきまえている。助かりたければ自分達だけで味方のところまで撤退するか、援護の命令があるまで粘るか、どうにかするしかない。それにドゥームを倒すことだけを考えれば、彼が自分達をいたぶることに夢中になったところを四方八方から攻撃した方が確率的には高いだろう。

 だがドゥームは深緑宮の入口までくると足を止め、無慈悲にも遠距離から2人を嬲り殺しにするつもりであった。


「どうしました・・・怖じ気づきましたか?」

「その手には乗らないよ。こんな罠だらけの場所にうかうかと乗り込むもんか。君達が今の直撃を受けて見せたのも、劣勢を装って自分達の有利な場所に僕を誘導しようって魂胆でしょ? その手にはのらない。

 ここからキミ達を適度に嬲り殺しにした後、左右に潜んでいる兵士を片づけるさ。余裕があったらキミ達を連れて帰って解剖してあげるよ。エルフはこの前シーカーで試したけど、マーメイドはまだでね。キミ達は自分の意志で下半身を人間にすることもできるそうだけど、それをどうやって変えるのか気になるなぁ・・・」

「語るな悪霊! 汚らわしい!」

「アハハ、嫌われちゃった。でも処女のマーメイドなんて僕としては楽しみなんだけどね!」

「バカにしてるの!? ちゃんと私には夫がいます! ・・・あ・・・」


 言ってからしまったと思ったベリアーチェ。ドゥームの顔が楽しげに、そして醜く歪む。


「へぇ・・・そういえば人妻は試したことなかったな。それは楽しみが2倍に増えたよ」

「寄るな! 貴様に体を汚されるくらいなら舌を噛んで死んでやる!」

「まあいいけどさ、キミが舌を噛んで死ぬより早く僕がそれを止める、ないしは君を殺す方が速い。ちなみに死ぬと僕の悪霊に加わるんだけど、僕の仲間には死体保存と反魂術の得意な奴がいてね。反魂術の効果は期限付きだけど僕が魂をとらえている限り何回でも使用できるから、それらの連携コンボがあるとどういうことになるのかわかるでしょ? ネクロフィリアが平気な奴らなんて、人間にすら何人でもいるし。美人が相手ならいうことなしだ」


 ベアトリーチェの顔から、色が引いて行く。なんとおぞましい発想を目の前の存在はするのか。基本的に気質が善良なベアトリーチェには信じられなかった。


「な、なんておぞましいことを」

「だからそういうのは僕を喜ばすだけなんだって。君、マーメイドのくせに、そのカッとしやすい性格とかどうにかした方がいいんじゃない?」

「余計なお世話よ!」

「だからそれだって言ってるのに人の話を聞かない子だな。まあいいさ、誰だか知らないけど君の旦那の首を横に置いてやれば少しは大人しく・・・何!?」


 ドゥームの上空から影が飛んできた。迎え撃つつもりだったドゥームだが、本能が危険を察知し、危険を承知で奥の部屋の中に飛びのいた。だが飛んできた影は一切の容赦なく間を詰めてくる。影から振りかざされる剣をドゥームは思いっきり後方に飛んでかわし、一つ内側の部屋の中ほどにまで入り込んでしまった。その急襲に、ドゥームは足元に転がっていたベリアーチェとロクサーヌを人質にする暇すらなかった。


「僕に反撃の暇も与えずに、一気に部屋一つ以上後退させるなんてね。やるじゃん」


 だがそんなドゥームの賛辞とも取れる言葉は聞いていないかのように、ベリアーチェとロクサーヌの2人とドゥームの間に身を置き、そこで初めて2人に声をかける影。


「シスター、2人を診てやってくれ。無事か、ベリアーチェ、ロクサーヌ」

「アルベルト様! 私は無事ですが、ロクサーヌが重症です」


 影の正体はアルベルト。2人を助けつつ、ドゥームを中へ誘導する隙を狙っていたのだ。足場の少ない回廊でやり合うより、こちらに有利な罠の多い深緑宮内でやり合う方が地の利があると踏んだのだろう。


「よくやってくれた、後は私が引き受けよう。下がってゆっくり休むといい」

「いえ、私も・・・」

「貴方に何かあると私が弟に怒られてしまう。まだジャスティンも生まれて間もない、体調も戻らないだろうに、無理をするんじゃない」

「はい、義兄様にいさま。ご武運を」

「ああ。他の兵も即時撤退せよ、ここは私が引き受ける! 命令があるまで深緑宮の外部回廊で待機!」

「「「はっ!」」」


 アルベルトの号令一科、訓練された兵たちは2人を救出し、撤退していく。この深緑宮内では、ミリアザールの命令を伝えるアルベルトの言葉は絶対である。

 意外にも、兵士達の撤退が完了するまで大人しく様子を見守るドゥーム。残されたのはアルベルトとドゥームの2人だけ。


「いいのかい? 他の兵士を撤退させちゃって」

「構わない。むしろ我々の戦いには邪魔だろう」

「ふーん。ところで彼女は君の義理の妹にあたるんだね」

「そうだ」

「なら君と旦那と・・・生まれたばかりの子どもの死体を目の前に並べられたら、彼女はどんな顔をするかなぁ?」


 ドゥームが残酷な笑みを浮かべる。だがアルベルトは一向に動じない。アルベルトの武器はその剣のみならず、鋼鉄の意志であった。精神耐性の魔術など必要とせず、アルベルトは大剣を悠然と構えてドゥームと対峙した。


「それは永遠に謎のままだ」

「なんでさ?」

「貴様は今ここで私に斬られて死ぬからだ」

「言うじゃないか。だが調子に乗るなよ、騎士風情が!」

「貴様こそな」


 深緑宮内でアルベルトとドゥームの激闘が、今まさに始まろうとしていた。



続く


次回投稿は12/6(月)12:00です。


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