足らない人材、その148~楔⑫~
「ちょっと、どうしたの。顔が真っ青よ?」
「冗談を言っている気分でもなくてね。アルネリアの抱える闇があまりに大きくて・・・あたしには最高教主なんてやっぱり向いていないのかもしれない。だけどアンタが――」
そこから先をミランダはい言いかけてやめた。アルフィリースが友人として傍で補佐をしてくれるなら。だがそれは言ってはならないこととして、ミランダはぐっとこらえた。
アルフィリースもまたミランダが何事か、自分に協力を頼もうとしていることはわかったが、それはミランダが自分から言わない限り口に出してはいけない事だと悟った。甘えあうばかりが友ではない。今は互いにやることがあるのだからと。
「――やっぱいいや。最近仕事が忙しくって、どうやら煮詰まってたみたい。もうちょっと粘ってみるよ」
「・・・本当に大丈夫ね?」
アルフィリースが心配そうに覗きこんだ顔を、ミランダは撫でた。
「アンタに心配されるほどヤワじゃないさ。それより巡礼には気をつけな。アンタは確かエルザと面識があるはずだけど、エルザみたいな聞き分けの良い正義感に溢れた連中ばかりじゃないんだ。中にはその特権を使って悪事を働く奴もいる」
「さっきのシスターもそうだと?」
「・・・違うと言えないのが悲しいね」
ミランダは困惑したように目が泳いでいた。どうやらミランダ自身も知らない事なのか。ファイファーの事情を把握しているミランダの情報網でも、どうやらイプスの正体はよく掴んでいないらしい。
「何者なの?」
「巡礼の8番手。主に紛争解決、民族問題で実績を上げた巡礼の者よ。本当はこの依頼にはエルザを派遣するつもりだったのだけど――」
「邪魔が入ったと」
「邪魔、かどうかはわからない。エルザは突如として行けないとの連絡が入り、代行を探していると、丁度よい時期に推薦があった。それが二番手のラペンティからの進言であり、ほどなくしてイプスが挨拶に来たわ。それはもう準備が良すぎるほどにね」
「最初からそのつもりだった?」
「それもわかんない」
ミランダは首を振った。
「ただ言えるのは、巡礼は一枚岩じゃない。長らく彼らを監視する役目の者が最高教主の傍にいなかったせいで、彼らは自らの絶大な権力を利用している者がいる。
多くはアタシが裁いてきたけど、今度の奴らは巧妙だ。いいかい ここからはアンタだから話すけど、マスターは以前から命を狙われている。その相手はもちろん星の数ほどいるんだけど、今回の相手が――」
「ちょっと、巡礼を疑っているの!?」
「しっ、声が大きい!」
防音の結界の中にいるにも関わらず、ミランダは咄嗟にアルフィリースの口を塞いだ。
「ラーナを信用しないわけじゃないけど、防音の魔術も当てにならない。相手はそれ以上に場馴れした連中なのさ」
「・・・私はどうしたらいいの?」
アルフィリースはゆっくりとミランダの手をどけながら聞いた。
「何も。でも巡礼の者は信用するな。特に4番マルドゥーク、5番ブランディオ、6番ウルティナ、8番イプスは要注意だ。彼らは年若くして巡礼に抜擢された実力者だが、2番のラペンティの子飼いの部下という見方が強い。その肝心のラペンティが一番何を考えているのか全く予想がつかないのさ。巡礼の中ではアタシに次ぐ古株、その権力も相当なものよ。
エルザはこちらの味方だと思うが、3番、7番、9番あたりは裏が取れていない。アルネリアだからといって、決して気を許さないでほしい」
「・・・うん、わかったわ」
アルフィリースはすっきりしない顔で頷いたが、ミランダは一応の納得をしたようであった。
と、そこでミランダがぴくりと人の気配を察して、結界の外に出る。
「イプスか。何の用かしら?」
「いやぁん、アノルン大司教。顔が怖いですぅ、みたいな?」
イプスはゆらゆらとした足取りで近づくと、ミランダの額にぴっと指をあてた。その行為にミランダとアルフィリースの目が見開かれる。
額を触られた。つまり、実戦では額を打ち抜かれてもおかしくないということ。親友だと思っているアルフィリースでさえ、ミランダの正中線や弱点には酒盛りの時でさえ触れさせてもらえない。だからこそ、アルフィリースはミランダを一流の使い手と踏んだのだ。
だがイプスと言われるシスターは警戒しているミランダの額をあっさりと触って見せた。これは十分挑戦的な行為に相当する。ミランダはイプスの右手を振り払った。
「気安く触らないでくれる?」
「あはぁ、ごめんなさい。肌の触れあいは大切というのが、私の信条でしてぇ、みたいな?」
「その軽い口調もおやめなさい。アルネリアのシスターとして、品格を疑われるわ」
アルフィリースは自分の事をよく棚に上げて言えるなと思ったが、確かにミランダは公と私的を使い分ける。
対してイプスは相変わらずへらへらとして答えた。
「え~、やですぅ。これが私の流儀なんでぇ」
「嫌じゃないわよ。だいたい仕事に支障をきたすでしょう?」
「まあ最初は疑われますけどね~。でも仕事後に私の実力を疑う人はいませんよぅ。お仕事きっちり、というのも私の流儀なんでぇ、みたいな?」
「お仕事きっちり、ねぇ。ならどうしてこの戦争、もっと早く介入しなかったの? あと数日早く介入するだけで、アルフィリースたちを派遣する必要はなかった。あなたのやったことは戦争を泥沼化させ、いたずらに大勢を死なせた。そうは思わないわけ?」
ミランダの言葉に、へらへらしていたイプスが少し口元を正して答えた。
続く
次回投稿は、10/20(日)11:00です。