足らない人材、その147~楔⑪~
「それで・・・シスターアノルンと申しましたか。その、新任の大司教様がこの戦地へいかな御用で」
「ああ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ。観光で来たとでも思ってんのか、ファイファーちゃんよぉ?」
「ちゃ、ちゃん?」
下町でも滅多に聞かない下品な口調に、ファイファーは閉口した。お世辞にも言葉の上品な国とは言えないクライアだが、ここまで口汚い俗語を使うとなると、やくざ者でしかありえない。それをまさか、身眼麗しいアルネリアの大司教が使うとは夢にも思っていなかったのだ。
だがミランダはその言葉使いとは裏腹に、優雅な仕草で出された茶を飲みながら、ファイファーをこれ以上ないほどの鋭い視線で問い詰めていた。それはアルフィリースが知る限り、戦場にいるミランダそのものであった。
「てめぇがやらかした数々の悪事は、こちとら全部お見通しだ。なんでアルネリアを避けていたかも、どんな人体実験をやらかしたかもな。本当であればお前はアルネリアの強制召喚によって、国際的に身分を剥奪、処断され、クライア本国にも多大な罰を課されるところだった。それがここまで見逃された。意味がわかるか?」
「・・・私を裁くどころではなかった、と?」
ファイファーが慎重に返すと、ミランダ――アノルンは無言で肯定していた。
「――黒の魔術士。アタシたちは便宜上そう呼んでいるがな。奴らの介入は予想外だ。おそらくは奴ら自身、予想外の介入にだったかもしれない。今アルネリアに限らず、魔術協会、オリュンパス、討魔協会が山をブッ飛ばした馬鹿野郎を捜索中だ。
単体で山一つ吹っ飛ばせる奴がいたんじゃ、どんな戦略も戦術も意味がなくなるからな。あれだけは最優先で居場所を常に確認し、見張らにゃならん。そんな出来事に比べりゃお前の悪だくみなんてかわいいもんだ、なぁ? 人が死んでも数百人だ。だが奴らは一度に数千、数万を殺す」
「なるほど、では私は程度問題として見逃されていたと」
「そういうことだ。だがこれから見逃すとは言ってない」
ミランダの目がギラリと光を帯びる。ファイファーは手を組んでぐっと握り、ミランダの目力に負けないように、身を前に乗り出していた。
対してミランダはお茶を飲みながら悠然と構えていた。
「取引だ、ファイファー。貴様の罪は今回に限り見逃してもいい。その代わり依頼したいことがある」
「取引ということですか?」
「舐めるなよ。取引なんて言葉を出せるような立場か、お前が」
「・・・では命令だと?」
「そこまで強権的には振る舞いたくはないんだがな。互いに利益のある共犯関係だとでも思いな。都合によっちゃ、キサマの即位を助けてやらんでもない」
「即位・・・はて、なんのことやら。私の王位継承権は王につくほど高くはありませんが」
「本気で言ってるのか? それにしちゃあ、領内に随分と食いっぱぐれた浪人どもを囲っているみたいだが。何を考えて囲っているんだ? まさか趣味や慈善事業ってわけでもないだろう?」
ミランダのその問い詰め方に、ファイファーはついにミランダと目線を合わせることが適わなくなった。この大司教はどこまで知っている――ファイファーは自分が話している者が、どれほどの者か測りかねて押し黙ってしまった。下手な反論は命取りになりかねないと判断したのだ。少なくとも、この大司教は準備をしてここに乗り込んできている。今の自分は完全にまな板の上で調理される魚だと知ったのだ。
だがここでミランダの声が突如として平静に変わる。
「なーんてのは、まぁクライアに合わせたやり方ってな話で。ここからはアルネリア流に、優雅にいきましょうか。まあ、そう怖がるようなものでもないのよ。やってほしい事もあまり難しいことじゃないしね」
「は、は――してそのやってほしい事とは?」
「――それは後で話しましょう。誰か改めて寄越すことにするわ。それよりもさらにお客さんよ」
ミランダがお茶をテーブルに置くと、部屋の扉が突如開いた。そしてそこからは場にそぐわぬ元気な女性の声が聞こえてきたのだ。
「いやー、道に迷ったらここに辿り着くまで時間かかっちゃいましたー! あれ、もう戦争終わったんですってねー! さあ、早速交渉やっちゃいますよ~、真打登場、みたいな!?」
「何をふざけているの。遅いわよ、イプス」
「あれ、あれれ? アノルン大司教なぜここに、みたいな?」
イプスと呼ばれたシスターはきょとんとして、部屋の中にいる自分の上司を見つめていたのだった。
***
それからの会話はとんとん拍子だった。ミランダはイプスと呼ばれたシスターに後を任せると、自らは執務が残っているからと言い残してその場を去った。アルフィリースはもはや国とアルネリアの交渉には関係がないので、ほどなくしてその部屋を去る。
そして部屋から出て一つ角を曲がると、その場にはミランダが難しい顔をして立っていたのだった。
「アルフィ、ちょっといい?」
「もちろんよ。人がいない方がいいよね?」
「察しがよくなったね。その方がいいわ」
「待って、ラーナを呼んで簡易の結界を設けさせるわ」
アルフィリースはラーナを呼んで城の一角に人払いと防音の結界を張らせ、ラーナ自身もそこから追い払った。その場にいるのはミランダとアルフィリース2人だけである。
「さて、人気のないところに呼びだして愛を語ろうなんて言わないわよね?」
「アンタが相手じゃ色気が足りないわね」
「ひどいわね」
くすりと笑ったアルフィリースが振り返ると、そこには青い顔をしたミランダが立っていた。どこか具合が悪いのであろうか、不死身のはずのミランダが病人のような顔をしていたのである。
続く
次回投稿は、10/18(金)12:00です。