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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その146~楔⑩~

「今の私には敵意はない。最初はファイファー、貴様も始末する予定だったが、考えを改めた。お前はこの先クライアの支配者になるかもしれん。ならば生かしておいた方が私にとって益となる。見逃してやるから、この先も生きながらえてせいぜい王座を奪うように励むのだな」

「な、見逃すだとどの口がほざ――」

「そしてもう一人はルナティカ、お前だ」


 ルナティカがびくりと反応する。どうして身がすくんだのかはわからないが、それは自分に染みついた習性に近いものだと、ルナティカは悟った。この男とは戦ってはいけない――直感がそう告げていたのだ。

 ウィスパーの雰囲気が変わる。じくじくと殺気が染み出すかのように、ルナティカの身にまとわりついていた。


「良い成長を遂げているようだ。私の思惑とは違ったが、より良い結末に向けて歩みだしたようだな」

「より良い結末――何?」

「いずれ知る事になる。なぜ私が今のような組織を作ったのか。全ては伝説を排除するため」

「伝説?」

「この世には正史に残らぬ、闇の世界に生きる者がいる。その中で私が恐れた者が二人。一人はこの戦場に来ていた。どこぞの猿共が餌食になっていたな。

 そしてもう一人はいまだ眠り続けている、私が知る限り最強の人間だ。お前たちはオーランゼブルに備えたり魔王に備えたりと忙しいようだが、滅びの名を冠する者はある日突然やってくる。ゆめ忘れるな。もっともお前たちではアレをどうしようもないだろうが、一縷の可能性があるとすれば――」


 ウィスパーはそう言ってルナティカを見て何事をつぶやくと、ルナティカは思わず後方に跳んでいた。ウィスパーの不気味さに恐れをなしたからだ。

 そしてルナティカの動きがきっかけとなった。一瞬全員が気を取られた隙だけで、ウィスパーには十分だった。カナートの剣は半ばから吹き飛び、驚いたカナートが後ろに飛びのいた時には、カナートの立っていた足元には無数の斬撃が降り注いでいた。だがウィスパーには何か得物を抜いた様子は見られない。

 続けてミレイユとグレイスが飛びかかっていたが、ミレイユの高速の連撃を全て片手でウィスパーはさばくと、グレイスの大剣をいなして二人の鳩尾に同時に掌底を滑り込ませた。ミレイユは咄嗟に後方に下がって衝撃をいなしたが、ミレイユほど反応のよくないグレイスはもろにその攻撃を受けることになる。

 グレイスが崩れると、その背を蹴ってウィスパーは離脱した。一歩で三階建ての建物の屋上に登ると、不敵な笑みだけを残して姿がゆらめいて消えた。リサがすかさずセンサーを飛ばすが、ウィスパーを感知することはもはや不可能であった。


「・・・逃げられました。なんと見事な気配の消し方」

「くそっ! 好き放題やられただけか!」

「それはどうかな。俺たちに囲まれてあんだけ余裕かませるだけの実力者を、退却させただけでも上出来かもしれねぇ。こっちには今回死人はなかったんだ、よしとしようや。

 それにわかったことも多いしな」


 ゼルドスが冷静に意見を述べる。大陸の西側で戦う事の多かったブラックホークは、なぜ戦いが西側で頻繁に起こるのか、不審に思ったことも一度や二度ではない。それらの原因は武器をあらゆる勢力に供給し続ける存在がいるからだとなんとなく感づいてはいたものの、いまいちその実態はつかみきれないでいた。黒の魔術士たちが手をまわしているにしては手際が良すぎるし、何より手数が多すぎる。何らかの協力組織がいるとはブラックホークの勘の良い面々は考えていたものの、初めてその組織の敵が明らかになったのだった。

 そしてその中で、一人全く別の事を考えていたのはルナティカ。彼女には最後にウィスパーが囁いた言葉がはっきりと聞こえていたのだ。その声は、間違いなくこう告げていたのだ。


「銀の継承者よ、今よりもっと強くなれ」


 と。


***


 ウィスパーの件の少し前、ファイファーとアルフィリース、オズドバが話し合いを終える前に彼らの元には意外な人物が訪れていた。

 エーリュアレが興味を持ち、エアリアルが見た気がすると言った人物。それはアルネリアの大司教、ミランダだった。

 突如のアルネリアの最高幹部の来訪。さしものファイファーも驚き、緊張を隠せない。アルネリアの大司教が国を来訪するのは10年に一度もないこと。余程不興を買うか、あるいは何らかの平和に対する功績を成すかのどちらか。今回は明らかに前者であることは明白だった。

 アルネリア教会は神殿騎士団を備えていることからもわかるように、決して慈善行為だけの組織でない事は諸国も知っている。アルネリアのからの援助を断り、あるいは断られて滅びた国は一つや二つではない。もし今回の戦争が発端となりクライアがアルネリアからの援助を打ち切られた場合、ファイファーの処断はもちろんのことクライアの存亡にかかわる事態だった。

 さしものファイファーも背中に冷たいものを覚えながらミランダと向き合う羽目となっていたのだが――


「あー、めんどくさっ! 事態がデカすぎるから収束不能と思って出てくれば、なんだか勝手に落ち着いちゃってるし。普段の仕事を倍速で片付けた、アタシの労力はどこへ」

「まあまあ、ミランダ。落ち着いて」


 見た目こそアルネリアの大司教にふさわしく威厳も備えており、また見事な金色の髪をした美しくたおやかな女性だと思っていたのだが、一瞬ファイファーでさえ抱きかけた幻想は、10数える間ともたず、崩壊した。

 ミランダはどっかとソファーに深く腰掛け、脚を組んで私室よろしくくつろいでいた。足元まで隠していた上等な法衣がめくりあがり、太腿が露わになりそうだったのでファイファーは思わず目線を逸らしてしまった。オズドバなどは最初にミランダが入室してきた時に、邪魔だと言わんばかりにガンくれ――もとい、目線で追い払われていた。

 別の意味で追い詰められたファイファーが、恐る恐るミランダに問いかける。



続く

次回投稿は、10/16(水)12:00です。

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