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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その145~楔⑨~

***


「(・・・とそんな風に思っているのでしょうね、ヴァルサスは)」


 ウィスパーはヴァルサスの前から姿を消した後、そんなことを考えながら移動していた。別段ヴァルサスを馬鹿にしているわけではない。それどころから大陸でも最強の戦士の一人だと、ウィスパーもまた尊敬を払っている。真っ向から戦えば、自分でも容易ならざる相手だと、

 ウィスパーもヴァルサスを恐れ、それ以上に獣の感性を持つヴァルサスを暗殺するのは命がけの作業になると考えている。

 ならばいっそ利用した方が良い――ウィスパーの結論はその一点に落ち着いた。そのためにわざわざ自ら出向いたのだ。変装しているとはいえ、ウィスパーが自ら出向くのは足を運ぶに十分値するだけの相手だと思ったからだった。久しぶりの戦いに気分が高揚していたのかもしれないという思いが、かすかに胸をよぎる。

 ウィスパーがカンダートの砦の中をやや足早に歩いていると、すれ違う兵士たちが挨拶をする。


「(そうか、今は『信頼され、また部下思いの気持ちの熱い隊長』を演じているのだったな。)」


 ウィスパーは自ら作った人物像を思い出し、愛想よく手を上げて返した。普段であれば決してしない動作を自然に行うことも、暗殺には必要な技術。目標を殺すためなら、狂ったふりも野卑な男の真似も、性別を偽る事すらお手の物であった。

 だからウィスパーは慢心していたのかもしれない。自らの立てた作戦、計画が失敗したことなどないがゆえに。また先ほど暗殺者としての本来の自分を出していたがゆえに、油断していなかったことが逆に仇となった。

 ウィスパーがすれ違う兵士の数が急に減ったことに気が付いた時には、既に周囲は囲まれていたのである。


「動くな!」

「・・・なんの真似ですか、これは?」


 ウィスパーが動揺したふりをして答える。だが周りを取り囲んだ兵士達は、構えを緩めることはなかった。その先頭にいるのは、ミレイユだった。


「どういうつもり、とはこっちが聞きたいね。随分と余裕じゃないのさ、単独で敵陣の中を闊歩するなんてさ?」

「敵陣? これはおかしなことを言う。ここは私の味方の陣だ」

「なにぃ?」

「よしとけミレイユ。こいつが何を言おうと、ヴァルサスが取り囲んで殺せと命じてきた。ならば俺たちのやることは一つだ」


 カナートが周りのブラックホーク団員達に命令した。ベルノーからの連絡を受けこの場に集結した団員達は、一分の油断もない。そう、ベルノーは後を追うことは諦めていた。だが代わりに、彼は魔術で団員だけにわかる合図を送っていた。そしてカナートがリサを呼び、さらにルナティカまで協力してウィスパーの居所を突き止めたのだった。

 カナートには珍しく、いきなり剣を抜き放って間を詰めるとウィスパーの喉元に突き付けた。ウィスパーは微動だにせず、されるがままであった。


「抵抗しないのか?」

「抵抗も何も、わけがわからない。そもそも私は正規軍の兵士だ。いかに高名なブラックホークといえど、こんなことをしてファイファー様やオズドバ殿が黙っていないぞ?」

「心配するな、私も了承済みだ」


 兵士たちの後方から声が聞こえる。声の主は前に一歩進み出ると、厳めしい顔をしてウィスパーを睨みつけた。

 ウィスパーはまだ半信半疑で演技を続ける。


「これはファイファー様。一体なんのご冗談ですか?」

「冗談ではないぞエブデン。いや、ウィスパー! よくも私をたばかってくれたな?」


 エブデン――いや、ウィスパーは初めて少し驚いたような表情をした。そして悠然と微笑んだのだ。


「――どうして気がついた?」

「私はお前をここに呼んでおらん。お前にはサラモの砦の守備を任せていたはずだ。それがなぜここにいる?」

「ふふ、そうか。命令書は書き換えてついてきたつもりだったが、まさか将軍本人がここに来るとは誤算だった。てっきり後方に下がったとばかり思っていたが、アルフィリースの行動までは考慮に入れていなかったな。

 それはそうと、いつから私が怪しいと考えていた?」

「ヴァルサスの話があってすぐ。足音も気配もこれほど薄い者がただの一兵長であるはずがない。油断していたな、潜入する時は足音や気配まで常人とそっくりに作る。組織の基本的な教えだ」


 ルナティカのその言葉を聞き、ウィスパーは今度こそはっきりと微笑んだ。どうやら自分もまだまだ未熟。久方ぶりの戦闘に高揚して、つい足音を消す本来の歩き方になっていたらしい。その事実に気が付いて可笑しくなったのだ。


「そうか、そんなことでばれてしまったか。さすがに大陸に名だたる英傑達が集まった場では些細な間違いもまずかったか。こんなことは久しぶりだ」

「もっと言えば最初からおかしかったのだ。お前は最初、死神レクサスの襲撃から生き残ったと言った。私は単に運がよかったのかと思っていたが、後でレクサスに助けられた時に聞いてみたのだよ。なぜ『一人だけ』兵長を見逃したのかと。一度放たれれば敵を皆殺しにするまで止まらなかった逸話を持つ死神が、一人だけ情けをかけた理由をな。

 だがレクサスは『一人も逃がしていないはずだ』と言ったのだ。あの男に嘘を言う益はない。それが示す意味はわからん。あの場にお前は実はいなかったのが、あるいは息を潜めていたのか。だが、何にせよお前は嘘をついていたのだ。そしてグランツが殺されたのも正面から。つまり顔見知りであった可能性が高い。他にも――」

「ふふ、わかったわかった。つまりは私は相当うかつだったようだ、まさかお前たちが協力するとは思わなかったものでな。で、私をどうするつもりだ?」

「もちろん死んでもらう」


 ファイファーが言い切った。ウィスパーは余裕で切り返す。


「それは困る。私はまだ死ぬわけにはいかない」

「貴様の都合なぞ知らん。我が部下の仇、討たせてもらうぞ!?」

「その前に用がある者が2人いる。一人はファイファー、お前だ」


 ファイファーがかざした手を下す前に、ウィスパーが言葉を発した。この場にいるのはブックホークがほとんどだが、ファイファーの将軍としての威厳とでもいうのだろうか。自然とこの場で命令を下す者がファイファーでさも当然であるかのように仕切られていた。

 だからファイファーの手がぴたりと止まると、剣を突きつけていたカナートもついその手を止めてしまったのだ。ウィスパーはカナートの剣など気にもとめていないかのように話す。



続く

次回投稿は、10/14(月)12:00です。

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