足らない人材、その144~楔⑧~
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「団長、よろしいか」
「ベルノーか、どうした?」
ヴァルサスは三番隊の魔術士であるベルノーに呼び止められていた。ベルノーは周囲に人がいないのを確認したうえで、さらに声を潜めて話しかける。
「内密に伝えておきたいことが」
「例の組織の介入の事か?」
ベルノーは先に言いたいことを先に言い当てられ、齢と共に落ちていた瞼を持ち上げて驚いた。
「知っていたのですか?」
「想像できたことだ。戦いのあるところに奴らは常に現れている。この大陸の戦争であれば、ほとんど何らかの形で関わっているだろう。戦場を家とする俺には、奴らのことが臭いでわかる。この戦い、ほとんど奴らが意図的に仕組んだものだな。しかも相当密接に関わっている。組織の上位――おそらく指導者に近い者が来ていたはずだ」
「だからですか? この戦場を離脱しようとしたのは?」
ヴァルサスは首を縦に振った。
「それもある。組織は俺ですらその全容を掴めないからな。不用意な接触は禁物だ。もっとも遅いかもしれんが」
「なぜ?」
「レクサスから報告があった、奇妙な手練れとやりあったとな。おそらくは組織の『番号付き』とやりあったのだろう。目をつけられなければよいが」
「番号付き?」
「組織の始末屋のことだ。昔やりあったことがあるが、相当に厄介な連中だ。俺は昔奴らと契約を交わしていてな。互いに不干渉ということにしてあるから、あえて不穏な空気がするサラモ砦を避けていたのだが」
そこまで言ってベルノーが不安げな表情を見せた。獣のようなヴァルサスが戦いを避ける約束を結ぶなど、普通では考えられない。それほどまでに敵は強かったというのか。
「団長が避けるほど厄介な相手がいるのですか? 私も彼らの存在は知っていましたし、アルフィリースは知らぬ様子でしたので警告しようとしたのですが」
「知らんでいい、知ってもどうにもならん。傭兵歴が長くなれば嫌でも耳に入ってくるだろう。あれらは暗殺に特化した集団だが、上位の何人かは明らかに暗殺に限らず戦闘力が図抜けている。特に頂点に立つ者は正体すらわからんが、ある日俺に伝言を伝えてきた。人を使ってな。
どうやったかはわからんが、他人を操っていたようだった。操られていた者は「互いに不干渉」という伝言のみ告げると、その場で首が落ちた。おそらくは予め斬ってあったのだろうが、恐ろしい仕業だ。予め首を斬って絶命させた者を、そのまま歩かせてくるなど。
おかしな話、俺は見惚れたのだ。その殺し方、切り口の鮮やかさに。あれほどの殺し方ができる者を俺は知らんし、あのような切り口を見たこともない。達人が斬ると余りの速度に首が落ちなかったり、凄まじいと殺されたことすら気が付かんとも言われるが、見たのは初めてだった。
実力は推して知るべしだろうな。あれに狙われて戦えないとも言わんが、四六時中狙われ続けるのは御免だし、勝てる保証もない。第一やりあう必要もない。ならば避けておくのが一番だと思っていたのだが」
「レクサスがやらかしてしまったと。全く、奴はいつでも頭痛の種ですな」
ベルノーがいつものレクサスの行動に呆れたといえば呆れていたが、ヴァルサスはそうでもなかった。
「そう言うな。奴が好む、好まざるによらず揉めるというのは我々傭兵団にとって大事な飯のタネになる。今回ばかりは余計かもしれんがな」
「その不干渉協定が破られたと? ではこれから組織が仕掛けてくるかもしれんのですな?」
「いや、それはない」
二人がはっとすると、いつの間にか彼らの5歩ほど後ろに男が立っていた。その男は二人をにこやかに見比べると、ヴァルサスの方に向いた。
ベルノーは無視されて、逆にほっとしていた。自分は防音かつ侵入者感知のために、簡易の結界を張っていたのだ。なのにこうも易々と出入りされたのでは、敵がその気でありさえすれば既に命を取られていてもおかしくなかった。
男は好意的とも取れる顔で話しかけてきた。
「久しぶりだね、ヴァルサス」
「やはり貴様がウィスパーか。だがその言葉はおかしかろう。俺とお前は本当の意味で一度も会話をしたことがないはずだ。親し気にされるいわれはない」
「ふふ、確かにそうか。ならば用件だけを手短に伝えよう。私たちの組織は、君たちブラックホークを攻撃しないと再度約束する。以上だ」
その意外な申し出に、ヴァルサスは安堵するよりも眉をひそめた。
「理由がわからんな。対価もなく、お前たちが俺たちを見逃すとは考えにくい」
「ならばこうも考えられないだろうか。見逃さない理由もない、と。別段私たちは、自分たちの組織に歯向かう者を片端から殺して回っているわけではない。自分たちの組織の裏切り者は許さないが、戦闘や暗殺は交渉の一つの手段にすぎない。今は君たちと戦う必要性を感じない、ただそれだけだ」
「必要性・・・それだけか?」
ヴァルサスが指摘する。何か考えがあったわけではない、敵の事を知っているわけでもない。そもそも目の前の男がウィスパー本人かもわからないのだ。表情を読み取るも何もあったものではなかった。それでもウィスパーを勘繰ったのは、ヴァルサスの本能だろうか。
ウィスパーはヴァルサスの質問に答えずただ薄く笑うと、ゆらりとその姿が消えた。魔術の如く目の前から消えたウィスパーに、ベルノーがその痕跡を辿ろうとするのだが。
「よせ」
「ですが――」
「跡を追うことは不可能だ。そもそも魔術を使っていないのだから」
「今のが魔術ではないと? ではいったい如何様にして奴は姿を消したと」
「単に気配を消しただけだ。ただそのやりようが、あまりに上手い。俺やお前の目や、結界すらも欺くほどにな」
「なるほど、では後を追うのはやめにしましょう」
ヴァルサスは平静を装ったが、奥歯からはぎりぎりと歯ぎしりをする音が聞こえていた。生かされた、少なくとも敵はそのつもりでいる。それだけで虚仮にされたと、ヴァルサスの誇りは傷ついたのだった。
続く
次回投稿は、10/12(土)12:00です。