足らない人材、その143~楔⑦~
「もし、緑の髪のお方」
「ん? ああ、我のことか」
エアリアルが虚を取られて振り向くと、そこにはまるで吟遊詩人のような帽子を目深に被った男が立っていた。エアリアルは自分の間合いにいつの間にか入られたことで一瞬ぎくりとしたが、すぐに彼の方に居直った。彼にはまるで敵意がなく、それどころか懐かしいような雰囲気を纏うと感じたからだ。例えるなら、季節によって向きを変える気ままな風。大草原に吹く風と同じような気配を発する男だと、エアリアルの肌がそう告げていた。
「面白い風を纏う、何者だ?」
「私はアーシュハントラ、しがない傭兵をしています」
「アーシュハントラ・・・どっかで聞いた名前だな」
ロゼッタは酒で頭が回らないのか、あるいは目の前の男に興味がないのか。酒をラッパ飲みしながら完全にそっぽを向いていた。
だがエアリアルは逆にアーシュハントラから目が離せなかった。自分と同じく、草原の空気を纏う人物に出会ったのは、非常に珍しいことだったからだ。強いのか弱いのかも曖昧で、何を考えているのかも読み取れない男。ゆえに興味を引かれていた。
「して、そのしがない傭兵が私に何用だ?」
「貴方に引き合わせたい人物が。いえ、いつでも引き合っているのかもしれませんが」
「持って回った言い方をする奴だな。誰のことだ」
「私よ、エアリアル」
暖かな風と共に入ってきたのは、ローブに身を隠した女性。だが地に着くほどの長い髪が、ローブでは隠しきれていなかった。そして、その人間では発し得ぬほど、激しく温かく、時に苛烈な風も。人間ではありえぬ雰囲気を持った存在であった。
「・・・ウィンティア、だな?」
「ええ、腕輪が私達を引き合わせると言ったわね? あなたのことはどこにいても常に感じていたわ。アーシュハントラに頼んで、貴女に会いにきたの。少しお願いしたいことができたから」
「お願い? 上位精霊であるあなたが?」
エアリアルには珍しく目を丸くして驚くさまを、フードを下ろして顔を出したウィンティアがにこやかに見つめていた。
***
「・・・悪寒が」
「どうしたの、ユーティ?」
出撃することなく、負傷兵の世話をしていたユーティとエルシア。彼女たちは目の回るような忙しさの中、ようやく一息ついて休憩を取っていた。その中で突如としてユーティが身震いをしたので、エルシアが不審に思ったのだ。
ユーティが頭をぶんぶんと横に振る。
「働き過ぎかなー? 風邪ひいたかもしんない」
「妖精が風邪とかひくの?」
「ほら、ワタシって人より知性的じゃない? それはもう隠しきれないほどの才能だから、そういうところまで人に似ちゃうっていうか」
「妖精が人間になったら、格としては堕落になるんじゃないの? それはそれで面白いかも。初めて人間になった妖精とか、恥ずかしくって出自を言えないわね」
エルシアが意地悪そうに笑ったが、ユーティは多少むくれただけでそう怒りもしなかった。
「そんなことあるわけないじゃん! だけど人間が妖精より格下ってのは違うと思なー。むしろ人間って、自分たちで思うよりもはるかに高等な種族である可能性が高いのに」
「高等? 大した力を持ってもいないのに?」
「力を持ってないってわけじゃないわ。確かに個人の力は大したことがないのも多いけど、現に人間はこの大陸の覇者よ。魔物も他の種族も駆逐して、大陸の覇権を握った。人間は、利害やそれ以外の理由で他者と協力する知性を持ち合わせている。これは他の種族では見られないもの。エルフとドワーフが何をどうしても協力できないようにね。これは種としての本能に刻み込まれた呪いのようなものよ。
でも人間にはそれがない。必要あれはどのような種族――たとえば魔獣や魔物とでも協力できる。これは稀有な力なの。それに突発的とはいえ、時に単体で魔王を凌駕するような力を持った人間も誕生するわ。こんな多様性を他の種族はほとんど持たないのよ、知ってる?」
ユーティの意外な言葉に、エルシアは目を丸くした。
「もしかして、人間って凄いの?」
「凄い生き物だとワタシは思っているし、他の種族もそう思っているわ。実感していないのは人間だけ。もっとも自分が自分であることのありがたみなんて、普通は生きていて実感しませんからね」
「そうか・・・そうよね。私も、もっと自分の事が好きになれるかなぁ?」
エルシアのなんとなく呟いた言葉を、しかしユーティはきちんと拾い上げた。
「ええ、貴女が自分に嘘をつかなければね。嘘は他人だけでなく自分も傷つけるわ。嘘はまた、時に最強の武器にもなり、盾にもなるわ。覚えておきなさい」
「・・・なんだかユーティのくせに生意気だね」
「こう見えても貴女よりはるかに長く生きているのよ。多少は敬いなさい」
「えー、なんかイヤだ」
そんな他愛もないやり取りを続けていると、慌てた団員が一人ユーティの所に走ってくる。
「ユーティ、いるか!?」
「何よぉ、休憩中だっての」
「すまんが一人具合が急に悪くなった! 診てくれないか!?」
「! すぐ行く!」
ユーティもなんのかんのと言いながら、すっかり傭兵団の救護役が板についている。彼女が文字通り飛んでいく様を見ながら、こういう時だけは高貴な種族らしいのだがと、エルシアはため息をついたのだった。
続く
次回投稿は、10/10(木)12:00です。