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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その142~楔⑥~

***


「介入し損ねたか」

「ああ、思いのほか厄介な状況だった」


 カンダートの一連の戦いを見守っていた集団がいる。魔術協会の征伐部隊、エーリュアレを筆頭とする一団である。彼らはフーミルネの命令により、この戦いのなりゆきを見届けるように命令を受けていた。そして魔術協会に利する動きであれば、介入も良しとの命令を受けていた。

 その命に従い、彼らは両陣営に気取られないようにじっと戦況を観察していたが、正直観察するのが精一杯だった。黒の魔術士の出現、ドラグレオの強大すぎる力、ライフレスの魔法、サラモ砦に出現した巨人の群れ、その後のアルフィリースの電光石火の侵攻、そしてカンダートの砦の中で起きていた不審な動きとテトラスティンの存在。その一部始終を追うための努力をするだけで、さしもの彼ら征伐部隊も手いっぱいだった。

 エーリュアレは飄々とした表情とは裏腹に自らの無能ぶりを悔やんでいたが、仲間の手前表情に出すわけにもいかずじっと耐え忍んだ。そのせいで、普段より無口な彼女がさらに無口になっていたのは事実であり、征伐部隊の面々ですら近寄りがたさを覚える始末だった。顔をローブで覆った魔術士がエーリュアレに問う。


「いかがしたものか、エーリュアレ」

「どうもしない。私たちは自分ができる範囲の事をした。テトラスティンとリシーには監視をつけたいところだが、転移で逃げられたようだ。後を追えるか?」

「少し時間があれば。難民に紛れてカンダートの中に潜入している者もいる。折を見て脱出してくれば、転移の痕跡を追う事も可能だろう」

「急げ。他に報告はあるか?」

「アルネリア教会の使者が近くにいるようだが、そちらはどうする?」


 別の部下が話かけたが、エーリュアレは冷たく言い放った。


「どうもしない、別に何かをする必要もない。我々の優先任務はテトラスティンの監視になるだろう。そちらに力を割くことになる」

「だが、かなりの大物が出向いているようだ。確認するだけどもどうだろうか?」

「大物――誰だ?」


 エーリュアレの脳裏に何人かの巡礼の上位にシスターや僧侶の名前が浮かぶ。巡礼の任務に就く者は基本的に公表されない事も多いが、当然暗部たる征伐部隊は彼らの事を知っている。歴史の陰で幾度となく共闘し、あるいは敵対した彼らだ。名前など自然と知れてしまう。

 だがエーリュアレが聞いた名前は、そのどの予想とも違っていた。ただ、有名すぎる名前ではある。


「・・・それは本当か?」

「ああ、何度も確認したので間違いない」

「ふむ。ならばもう少しこのカンダートの監視を続けねばならんな。私も彼の人がどのような人物か興味がある」

「中にいる者に会談の様子を少しでも除くことができるかどうか、尋ねてみよう」

「頼む」


 エーリュアレの命令の元、魔術士たちは散って行った。エーリュアレはカンダートを遠くに見る木の上に立ち、じっと自分の怨敵がいるであろう城を感情の見えぬ瞳で眺めていた。


***


「無事だったのかよ、エアリー」

「ああ、全員無事だ。二人ほど負傷したがな」


 エアリアルはシルフィードを厩に落ち着けると、自らは休息と軽食を取るため天幕に戻ってきた。カンダート城内に乗り込んだ彼らは鉄柵のせいで孤立する形となったが、予めコーウェンが授けた見取り図により、比較的安全に戦える路地を使って耐え忍んでいた。もちろんエアリアルの孤軍奮闘に近かったのだが、それでもコーウェンの助言が的確でなければどうなっていたかはわからない。結果、エアリアルは部下を失うことなく帰還することに成功した。

 そんな彼女を迎えたのはロゼッタ。ロゼッタは戦いの後始末などそこそこに、既に一杯やりはじめていた。


「かけつけ一杯だ、やるか?」

「いただこう」


 エアリアルもロゼッタの差し出した酒を一気に煽った。エアリアルも酒は決して弱い方ではない。むしろ、ロゼッタの愚痴に付き合うくらいには強い。

 エアリアルには珍しくふうっと大きくため息をついたので、ロゼッタがげらげらと笑い飛ばした。


「んだよぉ、飲みっぷりとは裏腹に景気の悪ぃ顔だな!」

「落ち込みもする。死にこそしなかったが、まるで戦果はないのだから」

「まぁアタイも似たようなもんさ。この戦の戦功第一はアルフィリース本人だ。舌先三寸で城一個落としたアイツは、この戦において間違いなく戦功第一だ。改めて、とんでもねぇ女と肩を並べて戦っていると思うよ、実際」


 ロゼッタは水で多少割った火酒を一気に煽る。ロゼッタはいつも割らずに酒を飲むので、まだどこかで緊張の糸をほどいてはいないのだとエアリアルも感じた。

 よく考えれば出陣を決めてからほんの10日少し程度の出来事なのに、随分と濃縮された時間だったような気がする。まるで一年は戦っていたような気分だとエアリアルですら気疲れを覚えるのだ。最初から戦地にいたロゼッタであれば、その緊張感と疲労度もひとしおだろう。まだ戦いが終わった気分にならないのも無理はない。


「あ~あ、ちっと休暇が欲しいね」

「珍しいな、お前がそんなことを言うのは」

「平和な空間ってのに慣れたせいかね、戦場の空気がギスギスしてるように感じられるのさ。まあそれをさしおいてもありえねぇ出来事の連続だった。お前らよくあんな女と付き合って旅してたな」

「言われてみればそうかもな。だが最初から我もそうしていたわけではない。最初の彼女の旅の共は、それは豪傑というにふさわしい人物だった」

「どんな化け物だ、そりゃあ」

「見た目はそうは見えんが、戦っている姿や話している姿を見ると――」


 エアリアルはそこまで言いかけて、目の端に知っている人物が映ったような気がして思わず目をこすった。

 だがそれも一瞬で、今度は別の方向から呼びかけられたのだ。



続く

次回投稿は、10/8(火)12:00です。

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