足らない人材、その141~楔⑤~
「・・・やったのは誰?」
「確証はない。だが予想はついている」
「それは、私が聞いてもよろしい話なのでしょうな?」
オズドバは慎重になっていた。それもそうだろう、本来中央の奸計などとは無縁の小領主なのだ。あまり深入りして良いことがあるはずもない。
だがファイファーは逆にオズドバにも聞かせておくべきだと考えたようだ。
「いや、むしろ知っておいてもらわねば困るやもしれん。おそらくだ、おそらくの話として聞いてくれ。これは各国中枢で国の運営に携わる者たち共通の、暗黙の了解だ。私が接触していたのは、武器商人の一つ。大陸に昔からあるが、最も暗躍したのは黎明期だと言われている。彼らがいなければ、黎明期はもっと早く終結したはずなのだ」
「武器商人?」
「表向きは。裏の顔は暗殺集団とも言われているし、名前もどこに本拠があるのかもわからん連中だ。心当たりがあるか?」
アルフィリースは問われてルナティカを思い出した。確かルナティカも名前のない暗殺集団の一員だったはずだ。
「心当たりは――あるかも。でもそれがどうしたの?」
「私の認識が間違っていた。武器商人の背後組織は、何を隠そうアルネリア教会ではないかと言われていた。大戦期に発祥を持ち、かつ大陸中に神出鬼没な奴らほどの規模の集団を組織できるとなると、その母体は限られるからな。だいたいあれほど戦闘と諜報に長けたアルネリアという組織が武器商人を見逃す方がおかしいと――」
「ま、待って! その話、オズドバさんにしてもいいの?」
アルフィリースは話の方向がきなくさいと感じ、思わずファイファーの言葉を止めた。だがファイファーは聞く耳持たず話そうとする。
「いや、むしろ聞いた方がいい。アルネリアという組織のなんたるかを知らずに彼らの庇護を受けるのは危険極まりないことだ。
私はアルフィリースの事を、最初はアルネリアの監視員だと思っていた。だからあえて前線に派遣したし、あの実験の顛末を見届けるために寄越されたと思っていた。
だが事実は違っていた、私の読み間違いだった。お前達は純粋に戦うために動き、そして結果として私達に益になるように動いてくれた。恩を感じ、信頼しているからこそお前に忠告も兼ねて話すのだ。
この大陸に武器商人は実は数多く存在している。彼らは戦争を裏から支援し、あるいは魔物討伐に力を貸してくれる。時には食料などを運搬することもあるし、大陸にある輸送業者は個人経営のものを除いてほとんど裏は武器商人が関わっていると考えていい。その最たるものがアルネリア教会だと思っているし、事実そうなのだろう。だがあれは違う――あのような外法をさすがにアルネリア教は用いない。背後にある禍々しさ、とでもいえばいいのか。アルネリア教からはもっと泥臭いものを感じるのだ。どこかでつながりはあるのかもしれないが、私は読み違えていた。
私の勘違いの結果として、グランツはおそらく武器商人に始末された。あの男は私に忠実であるがゆえ、私のためとあれば歯止めのきかない所もあった。秘密裏に様々な工作をしていることも多かったが、そのほとんどは私のためになっていたから黙認していたが、今回は事情が違う。
私は苦渋の決断を迫られるだろう」
「どういうこと?」
「グランツ殿に、全ての責任をかぶせるのですな?」
オズドバの言葉にファイファーは無言をもって肯定した。アルフィリースはその態度を見て、苛立ちを露わにした。
「・・・っ、だから貴族ってやつは!」
「私とても本意ではない! だがグランツのやったことを無駄にせぬためには、この方法が一番だろう。奴が生きていた場合、生け捕りなぞにされてしまえばその口から全てが露見する可能性もある。特に魔術士は厄介だ、普通の人間は抵抗する術を持たんからな。捕まってしまえば、死んでいても口を割らされる可能性すらある。
そう考えれば、ここでグランツが死んでいた方が都合は良いのだ、グランツ本人にとってもな。死してなお不名誉を被る事になるが、彼の遺族に対しては私が十分な保障をしよう」
「だからって・・・理屈ではわかるけど」
アルフィリースも頭ではわかっている。ファイファーと同じ立場なら、自分でもそうするかもしれない。だが心が納得しない。そんなアルフィリースの肩をオズドバが叩いた。
「時にファイファー将軍、犯人の見当はついているので?」
「いや、探しても無駄だろうとは思っている。組織の人間はどこにでも潜り込んでいるからな」
「左様ですか。私も気を付けませんとなぁ。このような話を聞いたからにはいつ寝首をかかれるやもしれない。これから夢見が悪くなりそうだ」
「聞いても聞いてなくとも結果は同じかもしれん。だが聞いていれば備えることもできる。例えば遺書を残す、などとかの方法でな」
「何とな嫌な忠告ですな。殺されない方法はないのですか?」
「無理だろうな。奴らがその気になったら、何をどうしても殺されるだろう。現に私もあの戦闘のどさくさに紛れて殺されかけた。あの時アルフィリースの手勢が助けに来ていなければ、私はもはやここにいまい。
今も生きているのが不思議なくらいだ。私の生き死にはもはやあの武器商人たちにとって、どうでもよくなったという事なのだろうな」
ファイファーは自嘲気味に笑うと、その場はしんとなった。これからアルフィリースも仮眠を取ろうかと思っていたのだが、この話を聞いた後ではは眩しすぎる太陽と相まって、寝るのが困難なのではないかとアルフィリースは思うのだった。
続く
次回投稿は、10/6(日)12:00です。