足らない人材、その140~楔④~
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「上手くやりきったな、アルフィリース。やはりブラックホークを雇ったか」
「ええ。多少最初の計画とは違ったけど、なんとかやりきったわ。ブラックホークが戦場から離脱する前に連絡を取れてよかった。あなたのおかげよ、ファイファー将軍」
「私を脅しつけて協力させたくせに、よく言う。もう会うことはないと言った直後だったのだぞ?」
「余計な面子なんて潰して、犬に食わせてしまえばいいのよ。それができないから私みたいな傭兵に一本取られるのだわ。私たちは利用しつつ、されつつ」
「そこは持ちつ持たれつといえ」
「それほど健全な間柄じゃあないのでは? でも、この城を落とすことで旨味があるのはお互い様ね。私はこの城を落としたという実績があればいい。あなたはこの城そのものが欲しい。なら、戦後の処理はあなたが引き受けるのが道理よね?」
「くっ、とんでもない女だ」
アルフィリースとファイファーはテーブルを挟み、戦後処理の仔細を詰めながらそんな舌戦を繰り広げていた。ファイファーが怜悧に笑うが、アルフィリースは笑顔で返す。その毒気のない笑顔に、ファイファーの毒舌も今一つ力を発揮できないでいた。
「お前とは戦いたくないものだな」
「私もごめんこうむるわ。知り合いと戦うのは気分が悪いもの」
「それでも戦わないといけない時は?」
「うーん、私が勝つけど生け捕りにする方法を探すかなぁ」
「殺すしかない時には?」
ファイファーの問いかけにアルフィリースはむっとした。よくもこうまで意地の悪い質問を繰り返す者だと思ったが、ファイファーの顔は意外な事に真剣だった。
これは真面目な問いかけだ、指揮官としての資質を問われているとアルフィリース感じたので、しばしだまって考えたあげく、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・待つかも」
「誰かが助けてくれる事をか?」
「ううん、殺し殺される状況を打開するまでじっと耐える。どんな相手でも、殺し殺されるだけの関係なんてないはずだから」
「・・・なるほどな」
ファイファーが乗り出しかけた身をすっと引き、椅子に深くどかりと腰掛けた。
「お前の言葉は不思議だ。甘いようでいて、現実に即している。確かに、殺し殺されるだけの関係などそうそう無いだろうな。耐えるという言葉の意味を知らなかったのは私の方か」
「私は臆病なだけかも。それに想定も甘いのかもしれない」
「指揮官が蛮勇であるより臆病な方が、部下はありがたがるだろう。私ももう少し謙虚であれば、部下をなくさずにすんだかもしれない」
「どういうこと?」
アルフィリースが聞き返した時に、扉を叩く者がいた。
「失礼します。オズドバですが、入ってもよろしいでしょうか」
「待っていたぞ、入れ」
ファイファーはアルフィリースへの問いかけをオズドバを招き入れた。最初は田舎領主を顎でこきつかうような傲慢な態度を撮っていたファイファーだが、ここにきてオズドバに対する態度は軟化していた。
オズドバ自身も戸惑っていたのだが、ファイファーは一つ肩の荷が下りたのもあるが、信頼できる将兵があまりいなかったこともあり、オズドバのように権力の座や名誉などのあまり興味ない部下というものに多少の安心感を覚えていたのは否めない。
ともあれ、オズドバはファイファーが到着するなり、さも今までそうであったかのように傍に召し上げられ、ファイファーの片腕が如く命令を下す立場となっていた。今も一通り命令を出し終わり、ようやくファイファーの部屋に足を向けることが出来たのである。
アルフィリースと示し合わせていたせいか、ファイファーの入城はカンダート攻略後速やかに行われた。ファイファーはアルネリアやその他の勢力が余計な口をはさむ前に、親衛隊の30騎を伴うのみでカンダートにやって来たのだ。戦闘地域にたったそれだけの共で赴くのは無謀ともいえたが、この行動力こそが元来ファイファーの持ち味であり、彼が地方領主でありながらクライア中央で一定の発言力を得ることに成功した理由でもある。
ファイファーの入城からあっという間に戦後処理は行われ、戦闘地域から回避していた住民もその日のうちに受け入れが始まった。辺境ゆえ、この一帯は魔物や魔獣の出没も度々見られる。急ぎ行われた避難民の誘導は迅速であり、日が完全に落ちるまでには避難民のほとんどを収容に成功したのであった。
ファイファーはその後も家が戦闘によって破壊された者や、あるいは戦時ながらも家の地下室などにとどまった者に対し、砦の一部や食料を解放するなどの処置を行い、占領軍としては破格の温情ある態度で臨んでいた。また投降した兵士に対しても城内整理の労役や作業に従事させるなど、これも普通の戦では見られない様相となっていた。
ヴィーゼルの兵士達は自分たちがクライアに対して行った戦闘行動ゆえ、もっと惨い扱いを受けることを予想していたので、狐につままれたような顔をしながらも黙って作業に従事した。余計な事を言えば待遇がどうなるかわからかなかったからである。
ともあれ戦後のこういった処理は夜を徹して行われ、作業が完了する頃には既に夜が白んでいたのである。微妙な均衡ではあったが、戦後は大きな騒乱もなくいち早く沈静化していった。アルフィリース、オズドバともにへとへとであったが、ファイファーだけは血色良く、さらに何晩でも夜を徹して働かんとでも言いたげに構えていたのである。そんな三者が、おおよその作業の進捗状況を報告し合っていたのである。
「――とまあ、さっき言ったように投降後は小競り合いすらほとんどなしよ。もっとも、城内の兵士たちでミルネーに従っていた数が思ったよりも少なくて、元々この戦いに疑問を持っていた将兵が少なからずいたこともこちらに有利だったわ。おかげで戦いの後、ほとんど揉めなかったもの」
「それに戦いが早く終わったのもよかったと思われます。死者はヴィーゼルの側にも少なく、こちらもほとんど被害は出ていません」
「それは何よりだ。元々この戦いにはクライアの将兵も疑問を持つ者が多かったのだ。私とてそうだったくらいだからな」
ファイファーの言葉にオズドバとアルフィリースが目を丸くする。
「そうなの?」
「当たり前だ。良い口実だとは思ったが、こんな不自然な戦いもそうあるまいよ。怪しげな商人が私の目の前に現れ、実験が軌道に乗りかけた頃この戦が起きた。この一連の流れに私は愚かにも乗ってしまったが、アルフィリースと話し合って一晩考えてみれば、本当におかしな話だ。戦を起こすのは人、収めるのも人でなくてはならん。相手が魔物なら、人と魔物で収めねばならん。決して得体の知れん者を介入させてはならんのだ。そんな根本的な事を私は忘れていた。
まるで悪い夢でも見ていたかのようだったよ。私はそこまで自分が愚かになっていたことにすら気が付かなかった。だから大切な腹心を失うことになる」
「腹心?」
「グランツだ。昨晩お前たちが出立する前後、サラモ砦の一角で死体が発見された」
ファイファーの言葉に、アルフィリースとオズドバが顔を見合わせた。
続く
次回投稿は、10/4(金)13:00です。