表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
760/2685

足らない人材、その139~楔③~

「どうしましたか、コーウェン」

「ひ、ひ、ひ~。これが笑わずにいられますか~」


 ああ、やはり笑っていたのかとリサは毒づこうとして止めた。コーウェンの頭の切れようは尋常ではない事をリサも気が付いている。リサといえど、あまり敵に回したくはない人物ではある。うかつにからかえば命取りになる。

 コーウェンはリサが何も話さないのを見て、腹を抱えながら話し始めた。これはコーウェンには珍しい事なのだが、自分の話を損得なしに聞いてほしいと思ったのだ。


「私がどうして敵の指揮官をおめおめと返したと思いますか~?」

「・・・傭兵では囚えても価値が低いからでは?」

「確かにそれもあります~。ですが本音を言わせていただくと~、あの程度の指揮官、いつでもあしらえるからなんですね~。いえ~むしろ敵でいてくれるなら~それこそやりやすくかもしれません~」


 コーウェンの瞳の奥が怪しく光る。その瞳は自分に絶対の自信を持ち、他者を見下す者の目だ。リサは貧民街の自分たちを見る、富裕層の人間たちの事を久しぶりに思い出した。

 コーウェンはまだまだ話足りないのか、リサが嫌な顔をしているのにもかかわらず話し続ける。


「あのミルネーとかいう傭兵は~、そもそも傭兵に向いていません~。彼女にはせいぜい田舎の小領主くらいが関の山~。あるいは飾り物としての軍団長ならよかったかもしれませんが~、彼女の気質は間違いなく独裁者のそれなんですね~? しかも有能ではないのに~まったくの無能でもないところが難しいのです~。

 独裁者の末路って~、どうなるか知っていますか~?」

「・・・知りません」

「間違いなく破滅です~。つまり敵も味方もみんな巻き込んで破滅しちゃうんですね~? 死ぬなら勝手に死ねって思うんですが~、困ったことに彼らはそういう人種じゃないんですね~。

 だから~、アルフィリースが彼女を傭兵団から早めに追い出したのは正解です~。独裁者の言葉は耳に心地よく、正論に聞こえてしまうんですね~。本人が正しいと思い込んでいる言葉は力を持ちます~、言霊ってやつです~。

 だから彼女が正しかろうが正しくなかろうが~、彼女がこの傭兵団にいること自体が獅子身中の虫を飼っているようなもので~。ミルネーはそれと知らず、彼女が原因でいずれこの傭兵団は分裂の危機に瀕していたでしょう~。

 それでもその独裁者が有能ならば一大勢力となる可能性もありますが~。残念ながら彼女は少し優秀なだけなんですね~。せめてミルネーさんが凡庸ならまだ救いようもあったのですが~」

「なまじ才能があり鼻っ柱が強く目立つ分、叩かれやすいと」


 リサの言葉にコーウェンがにっとした。


「さすがリサさん~、よくわかっていらっしゃる~」

「その手の事情は嫌というほど知っています。なるほど、いつ戦っても勝てるから、ミルネーは損どころか特にしかならない敵だ。そう言いたいのですか? とんだ性悪軍師ですね、あなた。リサも褒められた性格だとは思いませんが、貴方の性の悪さにはちょっと勝てる気がしないのですよ。傭兵団イェーガー随一の悪女の称号を授けてあげましょう」

「いただけるものはもらいましょう~、軍師にとって性格が悪いことは褒め言葉ですから~。ですが~、私が笑ったのはそれが原因ではないんです~。私が笑ったのは~、アルフィリース団長のせいなんです~」


 コーウェンの目が怪しい光を帯びた。思わずリサもコーウェンから放たれる妙な気に気が付いて、ぞっとした。コーウェンから放たれた気は、怨念か呪いの類に似ていたからだ。


「私は~、正直あのミルネーとかいう傭兵には興味がまるでありません~。どこで死のうが、敵だろうがなんだろうが知ったこっちゃありません~。ですが~、アルフィリースは私よりも性格が悪いことを仕掛けました~。気が付きましたか~?」

「・・・いえ。何をアルフィリースは仕掛けたのです?」

「ミルネーは見ての通り~、誇り高く名誉を重んじる古風な貴族体質の人間です~。彼女にとっては~、誇りを失うくらいなら~、身受けが決まるまでに後方で傭兵たちの慰み者にされる方がまだマシだったでしょう~。

 ミルネーはおそらく一番認めてほしい相手に気遣われた揚句~、情けまでかけられて生き長らえました~。しかもアルフィリースはミルネーの事をついで程度にしか考えていません~。仮にも脅威と感じているなら~敵に情けはかけませんし~、本当に大切に思っているなら必ず見送るでしょう~。

 もしかすると大切に思っているのかもしれませんが~、さきほどの態度で彼女たちの溝は決定的に深まりましたね~。ミルネーはもはやアルフィリースに対して圧倒的に実力差を見せつけて勝つしか彼女の葛藤を晴らす方法はありませんが~、アルフィリースとミルネーでは役者が違いすぎてそんなことはありえません~。だからこれからミルネーは破滅に向けて一直線に進むしかなくなるでしょう~。私たちの前に何度でも現れ~、そして負け続けるだけの人生~。それが可笑しくて可笑しくて~」

「あなた、大したイカレ女ですよ。目的が私たちと同じうちはいいですが、もし私たちに対してその嗜好が向くことがあったら――」

「ええ、その時は後ろからグッサリどうぞ~? ですが私がどれだけ有能か知ったら~、早々私を放すことはできませんよ~?」


 コーウェンのその物言いに、リサは自分と似た物を感じてうすら寒くなった。黒の魔術士という化け物たちと戦うためには、こちらもそれなりの覚悟はいる。必要があれば魔物となんでも取引をしてでもと考えてはいたが、ひょっとすると魔物以上の危険を呼び込んでしまったのではないかと、リサは悪寒が止まらなかった。



続く

次回投稿は、10/2(水)13:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ