アルネリア教会襲撃、その4~深緑宮の護衛~
「うわぁ、強そうなのがきたぁ」
辟易した表情を見せるドゥームに、剣を抜きながら立ちはだかる神殿騎士二人。
「ここから先に入れると思うなよ、悪霊ども」
「我らが命に代えてもここは通さん」
「その物言い! 暑っ苦しいな」
ドゥームが悪態をつきながらも一触即発の状態になろうとしたその瞬間、突然ドゥームたちの周囲を光の結界が包む。その圧力にたまらず膝をつくドゥーム達。
「っとお。なんだこれ?」
「・・・重い」
「即席とはいえ並の悪霊なら一瞬で消し去るのだが、膝をつく程度ですますとは大したものだ」
騎士達が自然と道を開け、そこから出てきたのは--
「なんだハゲか」
「誰がハゲか! これは剃っているのだ!」
「ハゲに限ってそう言うんだよね。おおかた部分的にハゲて、それを隠すために全面剃っているとか言いふらすんでしょ、どうせ。全員知ってるっつの。隣の奴に本心を聞いてみろ」
「ぬぐぐ、なんという口の悪さ! まさに悪しき者!」
「そんなんで悪しき者認定されてもね」
指摘された僧侶は内心図星なのだが、まさか認めるわけにもいかない。しかもドゥームの指摘通り、その事を周囲は全員知っているわけだが、本人は気付かれていないと思っていた。
「で、ハゲさんは誰なわけ?」
「ワシはマナディルという。このアルネリア教の三大司教の1人だ。ここから先には一歩も通さんぞ、小僧!」
「ハゲの上に暑苦しいか、最悪だ。うわっ!?」
突然さらに結界の圧力が増した。ドゥームの膝が折れそうになる。
「なるほど、口だけじゃないね」
「その減らず口ごと、このまま消滅させてくれようぞ」
「アハハ、そう簡単にはいかないよ。マンイーター!」
「はーい」
ドゥームの声と共にマンイーターが変形を始める。その姿はアルフィリース達が戦った時とはかなり異なり、まるで蛸のような足の上に、大きな食虫植物が乗っかったような形をしている。体躯もかなり大きく、10mはある。マナディルが張った結界も実体を持つマンイーターには効き目が薄く、その体積をもってあっさりと破られた。
「なんと!?」
「ふー、危ない危ない。じゃあここはマンイーターとインソムニアに任せまして、僕達は先に行こうか、オシリア」
「私、あのおじさんと遊びたい・・・」
オシリアがマナディルを指さす。
「えー、君ってああいうのが好み?」
「・・・いいかしら?」
「しょうがない、自由にやっていいって言ったからね。さっさと片付けて僕の後を追って来てくれよ、奥様」
「・・・」
だがそんなドゥームの言葉に返事もせず、さっさとマナディルの方に向かうオシリア。
「新婚なのに、もう夫婦仲が冷えてる!?」
ドゥームが離婚の危機を心配しながら、それでも奥に進もうとする。それを引きとめようとマナディル、モルダード、ラファティだが、行く手をインソムニアの髪とオシリアが遮った。
「・・・貴方達の、相手は、こっち」
「おじさん・・・私と遊んで?」
「おなかがすいたよぉおおおお!」
「く、いかん!」
「いえ、中には兄上がいます。大司教、私達はこちらに全力を注ぎましょう!」
「・・・止むをえんか」
そして3体の悪霊に向かって構え直す3人であった。
***
門をくぐればすぐに深緑宮というわけではない。100m程の回廊を歩き、そこから本格的な宮殿となる。渡り廊下の左右は池となっており、三段階に仕切られている。外の池は聖水で満たしており、真ん中の池は回復用の霊水、手前の池は観賞用に魚や植物を放っている。
見るからに優美な回廊を、悠然と歩くドゥーム。ドゥームにも美しい物を美しいと認識するだけの耽美眼は持ち合わせているが、このような聖属性のものを愛でるわけにはいかないのが彼である。またそれ以上に、今は気になる事があった。
「(おかしいな、追撃してこない? ということはここから先に余程信頼できる連中がいるのか。で、外の池は聖水で満たしてあるのね。普通に考えれば美しいんだろうけど、闇魔術士かつ悪霊の僕にとっては脅威以外の何物でもないね。
この中に突き落とされでもしたら、思うように力を震えないだろう。下手したら消滅してしまうかもしれない。魔力も大分使ってるし・・・あれ?)」
周囲を警戒しながら歩いていると、何かが池ではねた。なんだろうと訝しがるドゥームが池を見ると、波が突如として発生し、こちらに向かってくるではないか。
「・・・津波!?」
流れなど無いはずの池から、ドゥームの倍程度の大きさの津波が押し寄せてくる。もちろん聖水であるため、くらえばたとえドゥームでもそれなりの被害は受けるだろう。
「ちょ・・・ちょっと、ちょっとちょっと!?」
慌てて全力で走るドゥーム。そして回廊を渡りきると滑り込みでなんとか津波をかわし、水浸しになった回廊を振り返る。
「一体なんだったんだ・・・何?」
何があったか確かめようとするドゥームに、後ろから水の矢が飛んできた。反射的に魔術障壁で防御したドゥームだが、一本が障壁を貫いて固定されていた。障壁を貫くとは、外にいた魔術士たちとは何段階も違う威力の魔術。
ふと目線を深緑宮側に戻すと、水の球体が宙に浮いており、その上に乗っているのは下半身が魚、上半身が人間の青く透き通るような髪をsた人魚だった。人間で言うと10代後半くらいの見た目に、その傍には女エルフの剣士が控えていた。長身に長い耳、ややきつめの目、金髪に金の目をした典型的なエルフの外見だ。
「なんでまたマーメイドとエルフがこんなところに?」
「私達はこの深緑宮の守護者ってところかしらね」
「ここから先は貴様のような者が通ってよいところではない。下がれ、下郎」
「はっ、下郎と来たか! 生意気なエルフだ。女は淑やかにするもんだぜ、生娘」
「何ィ!?」
「落ち着きなさいロクサーヌちゃん」
マーメイドが髪を片手でかき上げながらエルフをたしなめる。
「『ちゃん』をつけるなといっているだろう、ベリアーチェ!」
「・・・まだマーメイドの方が話ができそうだ。ベリアーチェでいいのかな?」
「年下で初対面の男性に、いきなり呼び捨てにされる覚えはなくてよ、坊や」
「これは失礼。僕はドゥーム、以後お見知りおきを、レディ」
「これはご丁寧にどうも。私はベリアーチェ、こちらのエルフがロクサーヌ。でも以後見知りおく必要はないわ。貴方にはここで死んでいただきます」
丁寧な礼をしてみせたドゥームに、辛辣な言葉で返すベリアーチェ。
「それは困る、せっかく美人と知り合えたのに。僕と遊んでくれない?」
「イヤよ、貴方みたいな明らかにまっとうじゃない存在と遊んだら、何されるかわかったものじゃないもの」
「いやいや、大したことはしないよ? ちょーっと生きたまま解剖してみるだけだから。ちゃんとあっさり死なないように工夫するから、頑張ったら1カ月は生きられるよ?」
「・・・やっぱり貴方、正気じゃないわ」
「下郎は訂正だ。貴様は下衆だ!」
「いやーもう照れるなぁ、そんなに褒めないでよ?」
笑うドゥームに、予告なくベリアーチェの魔術による水の矢が何本も飛ぶ。マーメイドは水の魔術に長けた種族なので、簡単な魔術ならば無詠唱で行使できる。その簡単な魔術が、人間の頭程度なら簡単に吹き飛ばす威力であることは、魔術士なら誰しも知っているのだが。
一方ドゥームもひらひらとその魔術をかわす。だがその隙をついて不可避の一撃をロクサーヌが放つ。
続く
次回投稿は本日12/5(日)18:00です。日曜なんで、2話いっときましょう。いつまでやれるかわかりませんが・・・