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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足りない人材、その138~楔②~

***


「はなせ、はなせっ!」


 アルフィリースの前にひったてられたミルネーは、縄で縛られ兵士二人に押さえつけられながらもまだ暴れ続けていた。彼女の誇りが、敗北を受け入れることを許さなかった。だが今さら暴れた所でどうなるものでもない。

 結局、アルフィリースの宣戦布告の後、早々にミルネーは捕えられた。決定打となったのは、アルフィリースが最後に放った一言だった。


「内部に敵を引き込んで挟み撃ち、そこまでは良いかもしれない。だが市街地の住民の安全はどうなるのか? この中には市街地に家族がいる者もいるだろう。だが、そこの指揮官はそんなことはおかまいなしだ。何せ、この土地には関係ない傭兵だからな。私も傭兵だから思考回路はわかるが、そこまで非情な選択はしない。

 私たちも今は市街地に手を付けていないが、これで挟み撃ちともなると住民の安全の保証はできないかもしれないな――」


 アルフィリースの言葉は効いた。迷っていた将兵たちもいたが、この城内に家族を持つ者は俄に殺気立ち、ミルネーを瞬く間に取り押さえると、アルフィリースの前に自主的に引っ立ててきた。

 中央から派遣されてこの場に残された将兵は戸惑っていたが、傭兵ごときのミルネーが指揮を執ることに納得していなかったので、そのままの流れに任せた。そもそも、カンダートの兵士たちの邪魔をしようものなら、自分たちもどんな目に遭うかがわからなかった。ミルネーが何か失敗するのを今か今かと待っていたのだから、これでいい気味だ、くらいにしか思っていなかった。

 そして敗軍の将として、地面に無理矢理平伏させられたミルネー。力づくで地面に組み伏せられたせいで、文字通り土を舐める結果となった。

 アルフィリースは椅子に座って、そのミルネーを余裕たっぷりで見下ろした。


「久しぶりね、ミルネー。こんな形の再会になって残念だわ」

「うるさい! こんなことで勝ったと思うなよ!? まだ私は貴様と戦ってすらいないんだ! 正々堂々と戦えば、こんな結末には――」

「いいえ、あなたがなんと言おうと私の勝ちよ、結果は出たわ。カンダートの砦は降伏、我々は既に勝利の鬨の声を上げ、終戦処理に入っている。カンダートの将兵は財産と引き換えに家族の身柄の安全を申し出て、それ以外の将兵は金銭での捕虜交換になるでしょうね。傭兵であるあなたの対価も、金銭でしょうね。ただ、将兵は全てあなたの指揮だと告げていたわ。相当な額の借金になるでしょうね」

「・・・くそうっ!!」


 ミルネーが目を伏せて悔しがった。ミルネーは負けたとは本気で思っていない。なぜこうなったかミルネーは考えていたが、どう考えても兵士たちが不甲斐ないとしか思えない。なぜ戦いもせず彼らは降伏したのか。ミルネーの頭の中を、憤怒と共にその考えだけがぐるぐると巡る。


「ミルネー、あなたの敗因は仲間の事を軽く見たことだわ。兵士たちも人間。家族たちを犠牲にしてまで戦おうとする者はまずいない。

 それにヴィーゼルの軍は半分近くが中央からの派遣軍のはず。彼らは誇り高く、いかに優秀であろうとも、傭兵の命令などには従わないでしょう。それに――」


 だから、ミルネーにはアルフィリースの言葉が耳に届いていなかった。そもそもアルフィリースの言葉を素直に受け入れ研鑽を積んでいれば、あるいはこうなっていなかったかもしれないのに、ミルネーは自らの道を自分で閉ざしてしまっていた。ミルネーが違う態度を示していれば、アルフィリースとしては何か別の選択肢も用意したいと思っていたのだが。

 その様子を傍でじっと見ていたのはコーウェン。そしてミルネーが何も語らずアルフィリースの言う事も聞く気がないと悟ると、アルフィリースがミルネーの身柄を後方に移送し、捕虜として扱おうとする。


「・・・もういいわ、連れて行きなさい」

「あいや、しばらく~」


 だがその流れはコーウェンによって遮られた。


「何、コーウェン?」

「団長~、一度お考え直しください~。このミルネーという方~、中々の人物とお見受けしました~。それに小耳にはさんだところによると~、元は仲間でもあり貴族でもある方~。捕虜としてぞんざいな扱いをするのは忍びないかと~」


 コーウェンの申し出は確かに一理なくもない。荒れた後方に送れば、ミルネーはまともに捕虜として扱われない可能性もある。ヴィーゼルがミルネーの身代金を払うとも考えにくい。その場合ギルドに借金をし、ギルドが彼女の身柄を受けることになるわけだが。多額の借金を負った女傭兵の末路など、押して知るべしかもしれない。

 だからアルフィリースも直接顔を合わせに来たのだが、その行為の意味をミルネーが理解していなかった。


「なるほど。ではどうするべきだと?」

「何も~? このまま解放して差し上げるのがよろしいかと~。どうせ今回のことで借金を負うだけでしょうし、それなら恩義に感じていただきましょう~」

「・・・そうね、同じ傭兵同士だしね。もうこの戦の勝敗は今度こそ決したわ。ファイファー将軍もここに到着したみたいだし、もう誰にもどうにもできないものね」

「その通りです~。さあロゼッタさん~、ミルネー殿を解放してあげてください~」

「いいのかよ?」


 ロゼッタは渋々ながらもミルネーの拘束を解くと、後ろから小突くようにして立たせ、天幕の外に連れ出そうとする。顎で自分の部下に命令をすると、馬と近隣のギルドの支部が置かれている規模の街までの食料と金子を渡し、馬も準備させた。


「けっ、運の良い奴だ。アタイたちに感謝しながらクソして寝な」

「・・・誰が貴様たちなぞに感謝するか」

「ミルネー」


 アルフィリースがミルネーの見送りに来る。いや、彼女を見送る方向とアルフィリースが用事のある方向が同じだっただけだが。その証拠にアルフィリースは足を止めずに彼女に話しかけていた。


「息災でね」

「!」


 アルフィリースの無事を祈る声を聞くとミルネーは悪鬼のごとき形相をし、そのまま馬を返して去って行った。ただ、その背から怒りが立ち上るのがわかる。

 一方でアルフィリースは気が付いていないか、ちらりとその背中を見送ると、足早にその場を去って行った。これからファイファーとの最後の打ち合わせがあるのだ。ヴィーゼルの援軍が来るまでに全ての段取りを済ませてしまわねばならない。アルフィリースにとってはこの後こそが本番だ。なので気が急いていたのは事実であり、ミルネーに配慮する余裕など本来はなかった。この半端な情けをどのようにミルネーが受け取ったのか、そこまで想いを巡らせることはなかった。

 そしてアルフィリースが去った後、しばらくしてコーウェンがその場で腹を抱え、体を折り曲げて小さく震えていた。リサはその場でミルネーが大人しく去っていくかどうかセンサーで見送っていたので、当然コーウェンの不思議な動きに気が付く。



続く

次回投稿は、9/30(月)13:00です。


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