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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足りない人材、その137~楔①~

***


「気に入らねぇな・・・」

「は? 隊長、何か?」

「なんでもねぇよ!」


 ブラックホーク5番隊隊長、ゲルゲダは苛立っていた。自分が城攻めに参加できなかったせいではない。城攻めなど彼の性には合わなかったし、その後の略奪も無いとくれば何らかの理由をつけて不参加にするのが一番だった。第一、ヴァルサス本人がいるのだ。内壁はさらに強固だということだが、アマリナがその気になれば上空からヴァルサスとベッツを投下すればそれで終わる。

 ゲルゲダは戦場であの二人を止めた者を、一度たりとも見たことがないし聞いたこともない。彼らがいるのに、自分が危ない橋を渡る必要もないし、出番もないだろうとゲルゲダは考えた。自慢ではないが、ゲルゲダは並みの傭兵と比べたら強い方だろうとは思っているが、ブラックホークの傭兵たちの人間離れした強さを考えると霞んでしまうことも承知していた。

 ゲルゲダが苛立っているのは、カンダートの中から脱出してくる間諜らしき人間を取り押さえるという地味な任務に回されたせいでもない。ゲルゲダの部隊の人間達は全員自立している。ゲルゲダ本人が身近であれやこれやと命令せずとも、彼らは独自の判断で相当の戦果を挙げることができる者たちばかり。

 いや、自立しているとはやや聞こえの良すぎる言葉か。5番隊は統率をとることなど不可能な部隊。それぞれがそれぞれの思惑で参加し、ブラックホークという隠れ蓑を使って好き勝手している。ブラックホークが絶大な戦果と功績を上げながらも英雄視されないのは、5番隊の悪名が彼らの足を引っ張っているからともいえる。5番隊唯一の規則は、「ゲルゲダとヴァルサスの命令には絶対服従」ただそれだけ。これが守れぬ者は5番隊からはじき出されるのだが、それ以外は暴行、略奪、なんでもありだった。

 だがそんな自立した、単独行動ができる5番隊だからこそ、カンダートからあれやこれやで脱出してくる間諜を取り押さえることが出来る。普段から悪事を働く彼らは、人には言えない様々な物事に長けている者が多い。特に隠し事、悪事を企むことに敏感な彼らは、避難民1000人の中からでも間諜を見つける事が可能だった。間諜は何をどうしても違和感を醸し出すものである。一度で当てることはできずとも、何人かに声をかければ彼らは間諜を燻りだすことが可能だった。

 今ゲルゲダの隣にいる若者もそう、一つの芸に秀でている。ザックと呼ばれる少し気弱そうな彼は、常人ならざる感性でカンダートから飛び出す人は愚か、鳥や虫まで見逃さない能力の持ち主だった。ゲルゲダ以外に知る者のいない、対使い魔専用センサーである。ゲルゲダは彼を傍に置くことで、カンダートからの連絡手段を全て遮断していた。援軍を到着させるのを少しでも延ばすためである。

 だが、一方で外からの定期連絡に関しては一切手を出さないように命令されている。作戦開始より、既に他の砦やカンダートを経った部隊から定時連絡などの早馬を3体は見ている。カンダートから出る使い魔をいくら潰しても、これでは数日も経てば援軍は来てしまうだろう。その数日が重要であることまで、ゲルゲダは教えられていなかった。

 一方、外からの連絡に対する妨害工作は、6番隊であるファンデーヌの仕事だった。敵の連絡手段を押さえることで、他の砦や部隊の情勢を知れるし、包囲戦では情報封鎖は常套手段となる。もちろん彼女一人では守備する範囲が広いため荷が重いわけだが、彼女はむしろ自分だけでやりたいと申し出た。彼女が使役する魔獣の性質上、その方が便利だからという。

 その言葉にブラックホークの仲間たちは納得した。魔獣使いであるファンデーヌが使役する魔獣はどれも気性が荒く、ファンデーヌ本人でも御しきれない時がある事を知っていた。特に広域に魔獣を展開する時は、仲間でさえ彼女の領域に立ち入らないようにするのが決まり事であったのだ。完璧ではないが、通常なら一個中隊で行う規模の妨害をファンデーヌ一人で行うことができる。ファンデーヌにすればいつもの申し出、そしていつものやり方だった。

 ゲルゲダも今の今までファンデーヌの説明に納得していたのだが、ひょんなことから今日一つの確信を彼は得ることになった。


「あのアマ、どういうつもりだ。わざとか? それとも魔獣の使役に不具合でもあるのか?」

「隊長、さっきから独り言が多くないっすか?」

「るせぇ! 黙って仕事しやがれ!」

「おお怖、今日は機嫌が悪いんだから」


 ザックは言われたとおり仕事に戻ったが、少しゲルゲダとは距離を置いていた。それに伴いゲルゲダの独り言は加速するのだが、やはり彼には解せない事があった。さきほどからどうにもそのことが頭をよぎってしょうがない。


「なんでだ・・・なんで俺が見逃した使い魔を始末することは可能なのに、早馬は俺の警戒網まで生き延びた? 魔獣の性質の問題か、それとも・・・」


 ゲルゲダはファンデーヌの事が最初から気に食わなかった。ゲルゲダは自他共に認める下衆男であり、気分次第では仲間すらその毒牙にかける。つまりブラックホークの女性団員には自然、ゲルゲダの毒牙にかからぬだけの力量が求められるのだが、ファンデーヌに限って言えばゲルゲダがいかに盛っている時でも、襲う気に全くならなかった。ファンデーヌは間違いなく美女であり、見た目だけならターラムの高級娼館でも見かけないほどの上玉であるにも関わらず、である。

 ゲルゲダはその理由がずっと気にかかっていた。確かにファンデーヌは美しい。美しすぎるくらい美しいのだ。人間ならば多少の欠点を持ち合わせてこそ人間である。あのヴァルサスも、戦士としては完璧でも人間としては欠点だらけ。だからこそゲルゲダもヴァルサスを団長として仰いでいるし、自分の仕事にやりがいを感じている。もしヴァルサスが完璧な英雄だったら、ゲルゲダはこの団に所属していないだろう。英雄を手伝うほどの才能などない事をわかっているし、また英雄など反吐が出るほど嫌いだったからだ。

 ゲルゲダはファンデーヌが気に食わない原因を探ろうと、またファンデーヌの弱みを握ろうと部下を使って彼女をつけさせたことも何度もあるが、どうしても彼女にまかれてしまう。一度はカナートを雇ってまで追撃させたのだが、結末は同じだった。カナートには「趣味が悪いのもほどほどにしておけ」と嫌味を言われたが、ゲルゲダには重要な事の気がしてならなかったのだ。悪党なりの直感というものがある。

 そして今日、直感は形を成した。何かがあの女はおかしい、仲間としてすら信頼できないと。使い魔を見逃したのはゲルゲダの居眠りのせいだったが、どのみち完璧な封鎖など無理なのだから一体くらい見逃してもよかったのだ。だがその一匹すら、ファンデーヌが使役する鳥型の魔獣が叩き落としていた。

 ファンデーヌの魔獣を使った包囲網が、完璧である証拠である。鳥型の使い魔すら叩き落とす魔獣の包囲網を、人間が馬に乗ったまま抜けれるわけがないのだ。つまり、包囲網にはわざと穴が作ってあるとしか考えられない。一体ならまだしも、三体ともなれば偶然では片付けられない。

 ファンデーヌは、団長であるヴァルサスに逆らった。確たる証拠をつかみ、理由を問いただし、始末をつけなくてはならない。ゲルゲダが決意を固める。汚れ仕事を請け負う5番隊のもう一つの仕事、「裏切り者殺し」である。

 ゲルゲダは無造作に頭をかいた。最近では裏切り者の制裁をするのは久しぶりである。団員の結束は固いし、そのようなことはないだろうとゲルゲダですらたかをくくっていた。ゲルゲダは仲間を殺すのが嫌いだと思うほど、殊勝なタマではない。ただ、ブラックホークの団員はどいつもこいつも手強いから嫌いなのだ。それも自分の仕事だとばれないように仕留めなければならない。それが隊長格ともなれば苦労はひとしおだろう。


「あ~あ、面倒くせえことになってきたな・・・まずは理由を探らねぇととんだ馬鹿を見るからな。やるなら慎重にやらないといけねぇ。ヴァルサスに報酬ギャラはずんでもわらねぇとな」


 ゲルゲダはごろんと地べたに寝転がり、ぶつぶつと呟きながらどうやってファンデーヌを追い詰めるかの算段を始めていた。その少し離れた所では、ザックが奇妙な行動を始めたゲルゲダにため息をつきながら見張りを続けるのであった。



続く

次回投稿は、9/28(土)13:00です。

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