足りない人材、その136~縁33~
「何の用だ、アルフィリース!」
「降伏しなさい、ミルネー。もはやあなた達に勝ち目はないわ。この砦は完全に包囲した。城下も完全に制圧したわ、大人しく降伏した方がいい。これ以上犠牲を出す必要はないわ」
「ふん、戯言を! 追い詰められているのはお前たちの方だ。この砦がそう簡単に落ちると思うなよ? 援軍が来るまで耐え抜けば私たちの勝ちだ!」
ミルネーの言葉に呼応するように、城壁の上の兵士達が喚声を上げた。どうやら城壁の上はそれなりに士気が高いらしい。傭兵が指揮する割に、うまくまとめているのかもしれない。
しかしアルフィリースは抜け目なく観察していた。この砦の兵士たちは、コーウェンの言う通りならクライア同様、この周囲の街からの徴収兵が半分程度のはず。またクライアと少し違うのは、この砦はかなりヴィーゼルにとって重要視されているため、中央からの派遣兵が半分程度いるという事だった。中央からの派遣兵なら、それなりの身分の者や職業軍人も多いだろう。アルフィリースが狙っているのはまさにそこだった。
「どうすんだよ、アルフィ。むこうはやる気満々だぜ?」
「確かに、援軍が来るまで耐え抜けば向こうの勝ちね。だけど」
アルフィリースは盛り上がる城兵を無視し、隣にいるラインに何事かを話しかけた。ラインはアルフィリースの言葉を聞いて最初は目を丸くしたが、その後の説明を聞いて納得したのかその場からすぐに去って行った。
一方のアルフィリースは腕組みをしたまま目を閉じ、その場に立ち尽くした。その堂々とした姿が妙に不気味で、城兵たちは徐々に静まり返っていった。ミルネーもあの時放逐された恨みつらみでも言い放ってやろうかと思っていたが、何をするわけでもないアルフィリースの姿をなんとなく無言で見守ってしまった。
交戦の意志を示さない敵に対して不意に矢を射かけるのも、ミルネーの道義上できなかった。その点、やはりミルネーは甘いと言わざるをえなかった。自分が傭兵だということを忘れているのだ。必要に迫られれば、なんでもやるのが傭兵だということをミルネーは理解していなかった。ここでアルフィリースの首を取れば、より勝利は確実なものとなったのだが。そんなミルネーの性格を、アルフィリースはよく見抜いていた。
しばらくして、ラインが戻ってくる。だが今度はブラックホークや他の傭兵団、正規兵も一緒だった。いよいよ城攻めかとヴィーゼルの兵士たちが身構えたが、アルフィリースたちは全員が具足をつけるも、同時に飯の準備をしていた。大釜、大鍋が次々と運び込まれ、飯が手慣れた作業で作られていく。城兵たちがあっけにとられていると、本当に彼らの目の前でアルフィリースたちは堂々と飯を食べ始めたのである。それも飯の量に糸目をつけぬほど、贅沢におかわりのし放題だった。中には酒を飲んでいる者までいる。
彼らを背にし、アルフィリースは変わらない姿勢のまま言い放った。兵士たちは口々に食事を取りながら騒いでいるにも関わらず、アルフィリースの声は城兵たちによく聞こえた。
「私たちは食事を採り次第、城を落とす! こちらにはクライアの兵士もいる、容赦はしない。クライアのサラモ砦は徹底的にヴィーゼルにやられたから、恨みを晴らさせてもらう」
「ふん、だからそう簡単にこの城が落ちると――」
「簡単に落ちるか落ちないかの問題じゃない。私たちはこの城を「落とす」と言った。私たちは今日、この城を落とすまで止まらない、止まるつもりはない。
それにこちらにはブラックホークの全団員が集結している。彼らが勢ぞろいして落とせなかった城の話を聞いたことがあるのか? よく考えてみるといい」
その言葉にミルネーは歯ぎしりをしながら青ざめ、そしてヴィーゼルの兵士たちは顔を見合わせた。確かにブラックホークが依頼を失敗した話を聞いたことがない。彼らは積極的にどこかの陣営の攻勢として雇われることはなかったが、依頼はどのような絶望的な状況でも必ずやり通してきた。
そうなるとこの城もあっという間に落とされるのではないか、という不安が兵士たちに広がり始めた。そこアルフィリースがとどめの一言を発する。
「彼らの食事が終わるまで、約半刻待つ。それまでに城の者達、『全員』でよく考えるといい。我々と戦うことは、本当に得策かどうかをな。
投降するならば、その命保証しないでもない」
「・・・っ、ふざけるなぁ! だれが一合も交えずして投降などするものか! 援軍だって――」
ミルネーが何かを言い終わるまでにアルフィリースがぴしゃりと言い放つ。
「援軍は来ない。少なくとも一両日中には」
「なっ、どうしてそんなことが――」
「対策はもうしてある。それも踏まえて結論を出しなさい――ああ、投降する時はそこの指揮官を捕えてね。そうしないと、まとまる話もまとまらないだろうから。もう一度『全員』でよく考えることだ。職業軍人でもなく、ヴィーゼルが故郷でもない、なりゆきで自らの功名のためだけに指揮をとる傭兵の女ごときに、自らの命を預ける覚悟と必要があるのかどうか。
この戦いには利もなければ、名誉もない。将軍たちは全て去ったのだろう? ならば、ここに残されたお前たちはただの貧乏くじを引かされただけだ。時間が来れば投稿は許さないし、何よりクライアの将軍たちが到着すれば虐殺も厭わないだろう。生きて帰りたくば、これが最後の機会と心得ることだ」
「そ、そんな条件が通るわけ――」
ミルネーはアルフィリースの言葉を否定しかけ、だが確かに幾分かの敵意が背後から自分に向けられたことに気が付いた。
びくりとしてその敵意の方をおそるおそる見た時、彼女は自分が既に追い詰められていることを悟ったのである。
続く
次回投稿は、9/26(木)13:00です。