足りない人材、その134~縁31~
「先の様子はどう?」
「砦のおおよそは把握しました。この砦は二重構造になっていて、私たちが戦っていたのは外壁にあたるようです。その中の市街地に囲まれるように、最後の本丸があります。二重構造の砦とは、ちょっとした要塞ですね」
「この城の位置はヴィーゼルの喉元よ。元々ヴィーゼルにとってはそれほど守りやすい地形でもないのに、ここをクライアに奪われると逆に兵がヴィーゼル内部に展開しやすい。奪われたらことだから、より堅実に守ろうとしたのでしょう」
「同意見だ。問題はこっからだが・・・アルフィ、ちょっといいか?」
先行した仲間の報告を受けながら、ラインが手招きしてアルフィリースを促す。団をまとめる者どうし2人で話す機会は増えており、アルフィリース自身も徐々に慣れてきてはいるが、いまだにラインと話すのは少々苦手だった。かつての苦手意識は中々ぬぐえないものだ。あるいは別の理由か。
アルフィリースは事務的に会話をかわそうとする。
「何かしら?」
「問題の一つはこの内壁が非常に堅固だってことだ。外壁よりもよほど堅固で壁も高く、新しい。ロゼッタの部隊を使って壁の隙間に足場を差し込みながら登る、っていう作戦は不可能だ。正面から攻めるなら攻城兵器が必要だが、外壁のせいで中には持ち込めない。今から資材を調達して作るなら、数日どころの作業じゃなくなる。外壁が抜きやすいのはあるいは罠かもな。敵が調子に乗って中に入ってきたところで、伏兵を使って始末する。市街地まで使えば伏兵も容易だろう」
「そうかもね。でももう伏兵はいないわ。この砦は完全に包囲している、少なくとも現段階ではね。他には?」
「さっき正規軍には見せなかったが、あちこちに武器鎧だけが散乱していた。ルナティカからも証言が取れたが、この城には例の人形が大量に在駐していたようだ。と、なると敵には黒の魔術士が食い込んでいる可能性がある。このまま攻め落として問題ないのか?」
「今さらだわ。色々な不確定要素がある事は私も考えている。でもそんなものは関係ない。何があろうとこの城は落とす。私は確固たる意志でこの戦いに臨んでいるの」
「そうか、ならこれ以上は何も言わない。俺も全力でこの城を落とすために力を注ぐ」
「当然よ、あなたは私の傭兵団の副団長なんだから。要件はそれだけ?」
「まだある。これは黙っておこうと思っていたんだが、アルネリアの使者がちょっかいを出してきた。昨日の夜襲の後の事だ。砦内の戦いでどさくさに紛れたが」
「アルネリアが? 何を言ってきたの?」
アルフィリースも思わぬ勢力の登場に、妙な気分になった。そもそもアルネリアに言われてこの戦いに参加したのに、停戦協定に来ているというアルネリアの使者に会っていない。ファイファーに遠ざけたと言われてなんとなく納得してたが、よくよく考えればここに来ているアルネリアの使者が只者のはずがない。ミランダもそれなり以上の巡礼を派遣すると言っていた。ならばファイファーの妨害工作に関わらず、自分たちに何らかの接触があってもいいのではないだろうか。今さらながら、アルフィリースも思い返したのだ。
それが今になって、なぜ。ラインは説明する。
「再度和議の場を設ける、だとよ。この時にだぞ? 話を持ち込む時節があまりに絶妙すぎる。俺達にとって不利に、そして両陣営にとっては渡りに船の話だろうよ。あの夜襲の全容を、使者が全て知っていたとしか思えん」
「何が言いたいの? まさかあの戦いの図を描いたのが、アルネリアだとでも言うのじゃないでしょうね?」
アルフィリースの強い口調に、ラインは首を振った。
「まさか、俺もそこまで疑り深くない。だが、使者はこの時期を狙って交渉を進めようとしている。確かにこの機会に争いを治めれば、アルネリアとしては最も面目が立つだろうな。だが俺たちとしては上手くない。だから俺の独断だが、今の所使者への返信は俺の所で保留にしてある」
「なるほど、それは好判断だわ」
「そう言ってもらえるとありがたい。だが、アルネリアも時間をかけると動き出すだろう。どのみちこの戦いに猶予はない。今日中にでもこの城は落とす必要があるってことだ」
「今さら言われるまでもない。わかっていたことだわ」
と、アルフィリースは言い切った。この城の構造の事はコーウェンに聞いて知っている。だが、いざ戦い始めてみると色々な不確定要素が起きて、当初考えていたよりも厄介な状況であった。まさか敵の指揮官が最初から外堀を捨てて、内壁の中にこもるとは思っていなかったからだ。外堀の抵抗の薄さを考えれば、端からそのつもりであったのは明らかだった。
この思い切りのよさに、アルフィリースは多少感心する。アルフィリースの当初の考えでは、外壁の戦闘を一部長引かせ、どこかの方面に戦力を集中して一点突破し、内壁にこもらせる暇を与えず内側まで攻め落とすことが狙いだった。
だが外壁で死んでいた兵士の数を見る限り、この城の防衛網は内壁に主に集中していると考えた方がよさそうだ。少なくとも、残り2000人程は兵士がいると考えていいだろう。これを一日で落とすとなると、かなり頭が痛くなる難題ではある。
アルフィリースは当初の作戦を捨て、一から改めて考え直す必要があると考えた。
「とりあえず敵の様子を見に行きましょう。話はそれからだわ」
「そうだな。敵の大将の面も拝みたいところだ」
「誰が指揮を執っているのかしら。将軍のような身分のある者はほとんどいないはずなのだけど」
「それが捕えた奴の話じゃ、アルフィと同じく女傭兵らしいぜ」
「女傭兵?」
アルフィリースは自分と同じ女傭兵が敵と知り、少し興味をそそられるように足早に敵の元に向かうのであった。
続く
次回投稿は、9/22(日)13:00です。