足らない人材、その131~縁28~
「く、くくく・・・私の事を、『わかった』だと? 面白いな、サイレンス。ちなみにお前の想像を聞かせてくれないか」
「貴方は自分たちを元通りにするための知識を求めて、魔術協会に所属した。そして魔術協会に答えがないと知るや、今度は私たち黒の魔術士に鞍替えしたわけだ。それでまずアノーマリーに、次に私にすり寄ってきた。違いますか?」
「くっ・・・くくく。まあ、そうだな。おおよそ合っているよ、サイレンス。おおよそな・・・くっくくく」
気味の悪い笑いを上げるテトラスティンに、徐々にサイレンスは不吉な感情を抱き始めていた。まだサイレンスにもわからない事はある。それは、テトラスティンがどうやってリシーを従えているのか、ということだ。リシーが先ほどの少女だとして、なぜリシーはテトラスティンに忠誠を誓うような振る舞いをしているのか。そこに妄執めいた何かを感じたからである。
テトラスティンは突如として顔をがばりと上げると、サイレンスを睨み据えた。唐突だったので、サイレンスも思わずびくりとする行動だった。
「で、お前はどうなんだ。サイレンス?」
「どう、とは?」
「とぼけるな。なぜお前は人間を憎んでいる? お前の怒りはお前自身も含めて、人間という種族全体に向けられているように感じる。お前はオーランゼブルと違い、人間を滅ぼすつもりなんだろう? その怒りの源はどこにある?」
「・・・話したくありませんね、人間には」
「つれない奴だ、これで最後になるのにな」
テトラスティンが突如としてローブを脱ぎ捨てたので、サイレンスは身構えた。テトラスティンの顔はいつの間にか口元を引き結び、戦闘時のように引き締めていた。
目の前のテトラスティンが突如として別人のようになったことで、サイレンスは自らの怒りの原因に飛びかけていた意識を引き戻す。
「何をするつもりです? まさか、私と戦うと?」
「サイレンス、お前は勘違いをしている。確かにお前たちにすり寄った理由は合っている。私たちは、自分たちにかけられた時の呪縛という呪いを解く方法を探しているよ。もうかれこれ200年はゆうに経過したか。いや、大戦期の始まりとなった大戦がまだ続いていたから300年近く経ったのか。少なくとも、遺跡を出てからはな」
「遺跡を出てから?」
「遺跡を出るまで、何百年かかったのだろうな。リシーは私を決して許してはくれなかったよ。私を切り刻んで、砕き潰して、すり潰して、燃やして・・・殺して、殺して、殺し続けて死なないと悟って、そして自分も死なないと納得してくれるまで、さらに時間が経って。廃人同然になったリシーが動けるようになるまで、永遠にも等しい時間を浪費した。私たちが遺跡を出るまで、どのくらい時間が経っていたんだろうな? そもそも私が生まれた時には、まだ暦なんてものは存在していなかったからな」
「待ちなさい、暦が存在しないとは――」
「少なくとも、アルネリアなどというものはなかったはずだ。魔物、魔獣と人間が共存し、まだ真竜が空を飛ぶのをたまに見かける。そんな遥か昔の時代だ。外に出た時は人間のあまりの数の多さに驚いたものだ。魔物と争い、駆逐する人間たちにもな。
遺跡を出た私たちは、ずっと探し続けているんだ――自分たちを殺せる方法をな!」
突然噴き出した魔力に、テトラスティンの上着が燃え尽きた。上半身が裸体となった彼には、そこかしこにつぎはぎのような傷跡があった。何かを縫い込めたような傷跡。まるでテトラスティン自身が壊れた人形のようであった。
「最初に苦労したのは言葉だ。私たちの言葉はまだ残っていたがいかにも古かったし、それに文字なんてものは初めて見た。通貨も知らなかった。今の世界の成り立ちを覚えるのには苦労したよ。
そういった何かが私たちの心を紛らわすのかと期待したこともある。だが違った。私は心まで凍り付いていないが、リシーの心はあの時からずっと止まったままだ。彼女は私が許せない。私を殺したくて仕方がないが、決して自分では私を殺せないことを知って諦めた。私は成長が止まったが、彼女は心まで止められている。彼女の憎しみは永久にそのままだろう。私はもう疲れたんだよ、サイレンス」
サイレンスの名をテトラスティンが呼んだ。いや、本当は違うことをサイレンスはよくわかっている。テトラスティンは誰でもいい。今殺せるなら、だれからでもよかったのだ。もしこの場にオーランゼブルがいたら彼を殺すのかもしれない。あるいはミリアザールならミリアザールを。
サイレンスは気付いた。テトラスティンとリシーは、とっくに狂っているのだと。今までなんとか人間らしく振舞っていたのが、ついに限界を超えたがゆえに彼らは動き出したのだ。そして彼らに動くきっかけを与えてしまったのは、他ならない黒の魔術士たちの行動だろう。
サイレンスは今、恐ろしくてしょうがない。先ほど感じた、レイヤーへの恐れとは違う。わけのわからない者への恐れ。サイレンスをもってしても理解できない者への恐れだった。
「君は・・・君たちは!」
「だからな、サイレンス。なんでこんなことをお前に話したと思う? お前は私の知りたいことを知らない。また私の絶望は深くなったじゃあないか。私にとってお前はもう無価値だ、死ね。せめて死んで私の気持ちを紛らわせろ。
呪印解放」
テトラスティンの体から蒸気のような魔力が放出される。狭い結界内をあっという間に満たす魔力は、テトラスティンの本当の姿を露わにした。大きく着いた傷跡が割れるように、その場所から美しい『はずの』女たちの顔がのぞきだす。彼女たちの目はえぐり取られ舌は切り取られ、うめき声しか発せられないように改造されていた。
サイレンスですら一瞬怯むほど、漠然と世界を呪うように発せられた殺意と、そして女たちの怨念。ドゥームがかわいく見えるほどの恩讐の集合体と言えた。
「テトラスティン! 貴様――」
「起きろ、ロラマンドリヌ。久しぶりの出番だ」
テトラスティンの言葉と共に左脇腹にある女の顔に目が戻る。一瞬戸惑い、そして光が定まるとロラマンドリヌと呼ばれた女は血の涙を流しながら呪いの言葉を吐いた。
「テトラスティン、キサマ! ヨクモ!!」
「うるさい、そんな言葉を吐けとは言っていない。恨みごとはリシーだけで十分だ。さっさとお前の力を示すがいい」
「テトラス――」
ロラマンドリヌは呪いの言葉を言い終わらぬうちに、顔が炎に包まれた。同時にテトラスティンの体も半分が炎に包まれたが、彼は全く熱そうにはしていない。むしろ力を解放した高揚感に恍惚としているようにすら見える。
「久しぶりだな、この感触。やはり力を存分に使うのは気持ちが良い」
「その力、その体。体に縫い付けた精霊の力を行使しているのか!?」
「ご名答、さすが高位の魔術士だ。ちなみに全員上位精霊だ、昔は掃いて捨てるほどいたものでね。わかったところでどうにもならんだろうがな」
テトラスティンがすうっと掌をサイレンスに向けると、サイレンスは反射的に剣ではなく魔術戦のために詠唱を唱えようとした。だが予想と違いテトラスティンの姿はサイレンスの目の前から消え、直後背後に殺気を感じてサインレスが振り返ろうとした時には、テトラスティンの炎に包まれた右腕がサイレンスの胸を貫いていた。
続く
次回投稿は、9/16(月)14:00です。