足らない人材、その130~縁27~
「だいたい貴様はどうしてここにいる? 私がここに来ていることを誰も知らないはずが!」
「助けた人間に対して随分なものの言いようだ。確かにアノーマリーとドゥームの不手際からドラグレオの暴走まで予想もできないことの連続だったが、それを含めずともこの戦場は大陸中が注目している。私も当然気にかけているさ。
こう見えても元魔術協会の会長でね。足並みをそろえない奴、不自然な行動を取る奴に関しては非常に敏感だ。それに戦況を冷静に見て、双方の陣営を見渡せばお前の手札が不自然な動きをしていることくらい気が付く。念のため後詰めに来てみれば、この体たらくだ。
お前達の欠点は大局を見ている奴がいないことだな。ヒドゥンも自分の任務に忙殺されているし、ドゥームには戦略眼がない。その他の連中も使われているだけか、自分の事にしか興味がない。これでは隙を突いてくれと言っているようなものだな」
「ふん。我々に隙があろうが、そこをつける者などいやしませんよ」
「それはどうかな? 割に人間というものは油断ならん。お前とてこの状況を完全に操れたわけではあるまい。外にいたアルネリアの巡礼や、魔術協会の征伐部隊がなぜこのカンダートに介入してこなかったと思う? 私がそっと自分の存在を奴らに主張したからだ。もっともアルネリアには別の思惑もあるように感じたがな。
だが、これで私としては完全に彼らに敵対したことがばれてしまったよ。どうしてくれる?」
「・・・」
サイレンスはテトラスティンの言葉を黙って受け入れた。確かに彼の言うとおり、サイレンスもこの戦場に最初からいるアルネリアや魔術協会がなぜ仕掛けてこないかは、不思議に思っていたからだ。それもテトラスティンがひそかに睨みを聞かせていたとなれば、納得がいく。
「オリュンパスも君が脅したのですか?」
「そうだと言いたいところだが、生憎と違う。奴らは私の事を舐めているからな、私では脅しにもならん。それにオリュンパスはなんだかんだ言ってもこちらに仕掛けるだけの余裕がなかろう。まだ自分たちの内輪を統一することに精一杯のはずだ。お前たちがいようといまいと、西方は常に荒れている」
「確かにオリュンパスは、色々なものを内包しすぎて身動きが取れないようだった。私も何がどうなっているのかわからず、ほとんど介入できていない。部族問題、信教、利潤、血筋。それらがすべて絡んだものを絶対的な力で押さえつけているのが、彼岸の一族だということまではわかりました」
「普段の調子に戻って来たじゃないか。ところでお前とゆっくり話すのも初めてだ。ついでに聞きたいことがあるのだが、少しいいか?」
「むしろそれが目的だったのでは? いいでしょう、借りはすぐ返す方が気分も良い。私の応えられる範囲でなら、答えてあげますよ」
サイレンスは元の優雅な仕草を、取り繕うように振る舞っていた。既にレイヤーに殴られた後も修復しつつある。顔から回復させるのは、サイレンスの意地なのだろうか。
テトラスティンは少し間を置き、言葉を選ぶようにして問いかけた。
「時間停止の魔法。聞いたことがあるか?」
「時魔術の極致として、そのような発想があるというのは昔からありますね。ですがこの地上で誰も成功した者はおらず、まだ机上の空論のはずです。それが?」
「一般論はいい。魔法の行使、またはそれに近い話を聞いたことはあるか?」
「ないですね。時間の流れを異にしたり、あるいは遅くする魔術というのは確かに存在しますが、それすら稀。以前は時空操作の魔術を専門に研究する魔術士の集団や導師もいたようですが、大戦期の混乱でそのほとんどが失われているはずです。それが?」
「そうか、お前でも知らないか」
がっかりとしたテトラスティンの表情を見て、サイレンスに疑問が湧いた。
「私からも質問が。私は既にこの世に誕生して500年が以上が経過しましたが、あなたは何者です? 私は自己が延命するためにある方法を施していますが、あなたはどうですか? それにあなたほど力のある魔術士が現代に生まれたら、魔術協会やオーランゼブルが反応するでしょう。かのアルフィリースのようにね。ですが貴方は誰にも知られず突然魔術協会の長に収まり、今はここにいる。私が言うのもなんですが、あなたの行動はあまりに節操がない。目的は? 倫理観は? 信条は? 貴方は一体誰です?」
「・・・お前は人に質問するのが上手くないな。疑問は一つずつ投げないと、答える方が困る。ちなみに魔術協会ではその質問は禁忌だ。以前同じ質問をした奴を、私は全員の前で八つ裂きにした。理由は他にもあったが、周囲は私にその質問をしたせいで殺されたと勘違いしたろうな。
あまり答えたくはないが、これも何かの縁だ。少しだけ私の事を話してやろう。私の生まれはとても小さな田舎だった。村に数えるほどしか家がないような――とてもとても小さな村だった。住人は50人もいなかったはずだ。そこに仲の良い幼馴染が3人いた。彼らは何をするにも一緒だった。彼らは陽が上っては山を駆け、河で遊び、小さな――だが彼らにとってはとても大きく感じられた世界を探検した。
彼らは色々な所で遊んだ。彼らは近くに危ない魔物がいないことを知っていたし、彼らの近くに住んでいた魔物は気性の大人しいものたちばかりだった。彼らは繁殖期や食事を無理に邪魔されない限り人間を襲うことなどしなかったし、むしろ人間を襲うよりも人間が作る食物を一緒に食べる方が得だと知っていた。中には食料を多めにもらうため、進んで人間に森の資源を提供する個体すらいた。
ある日少年たちはそんな魔物に案内されて、森の奥深くに入った。人では辿り着こうという発想が困難になる川床の下、そこに遺跡はあった。たくましく頭も切れるまとめ役の少年、そんな彼に徐々に恋心を抱く気立ての良い少し勝気な少女、そして2人の後をついて歩くだけの内気で小柄な少年――彼らの中で遺跡に『適性』を示したのは、しかしその最後の何の取柄もない少年だった」
「遺跡――制作者のわからぬ、遥か古代から存在するという本物の遺跡の方ですね。到達した者には叡智を、あるいは滅びを与えるという」
「どんなものかはいまだに知らないし、知られていない。遺跡の攻略者など、誰もいないのだから。もちろん少年たちが知るはずもなかった。なのにその内気な少年は適正を示した。ひょっとすると、遺跡は少年の内面を見ていたのかも知れない。少年が誰よりも密かに力を欲し、また嫉妬していることに。
少年はひょんなことから力を得た。いや、力を得たのではなく、身につけてしまった。それは天災のようなもの。だが大きすぎる力は彼らに罰を与えた。まとめ役の少年は二目と見れない姿に変えられ自我を失くし、少女は強制的に大人へと変貌し、内気な少年には何も起こらなかった。仲の良かった三人の少年たちの姿はそこにはもはやなかった。
少年達はいまだにその遺跡に囚われている。彼らの時はその時点から永久に止まったままだ。そして生き残った少年と少女は旅に出た。自分たちが元に戻る方法を探すために」
「・・・なるほど、それがあなたとリシーだと。まあ悲劇ですが、なくもない話ですね。それで時の魔術の話をしましたか。あなたの狙いが見えてきましたよ?」
サイレンスが楽しそうに笑っていた。テトラスティンの心情が理解できたと思ったのだ。だがテトラスティンは不気味な笑いでサイレンスに応えていた。
続く
次回投稿は、9/14(土)14:00です。