足らない人材、その129~縁26~
「グロースフェルド、知り合いか?」
「・・・ええ、以前少し。私が道に迷った時に相談に乗ってもらったことが。互いに魔術に関して議論を交わしたこともあります」
「どのような男だ」
「一言で言えば、もっとも魔術士から遠い存在でありながら、最も魔術士らしくあろうとした男。矛盾を内に孕んだ存在として、私にはとても興味深く、また久方ぶりに出会ったとても知性的な男だったと記憶しています。そして、私が怖いと思った三人目の人間。ちなみに二人目は団長ですが――」
「が?」
「四人目は彼の隣にいた女の護衛――リシーとか言いましたか。私はあれほど恐ろしい女を見たことがない。あれは虚無と殺意の塊です」
「強いか?」
「おそらく――誰もあれには勝てないでしょう。戦うとか、そういう類の相手ではない気がします」
「ふむ、一度手合わせ願いたいな」
「よしてください、団が存亡の危機に立たされます」
ヴァルサスが少し楽しそうに考えたのを見て、グロースフェルドは割と真面目に止めていた。だがヴァルサスの悩みは、グロースフェルドが思うよりは真剣であった。
「だが奴らが黒の魔術士に本当に味方するなら、おそらくどこかで戦うことになるだろう」
「は? それはどういう――」
「決めた、俺は奴らを残らず駆逐する。今回の依頼でそれがはっきりしたよ。たまには雇われてみるものだな、権力者という者にも」
「ええ? まさかあいつらとやりあうとなんと無謀・・・は今に始まったことでもありませんが。そういえば、今回の依頼主は誰だったのです?」
グロースフェルドだけでなく、ヴァルサス以外は誰も雇い主を知らない。いつも雇い主の事などはあまり全員気にしないため知らない事も多いが、交渉役はベッツかマックスが向かうため、自然と団員たちは雇い主の事を知る事になる。
だが今回は交渉も含め、全てヴァルサスが一人で行っていた。それだけでも非常に珍しいことである。ヴァルサスは不精なので、たいてい他人に交渉事を任せているからだ。そしてヴァルサスの口から語られた雇い主は、グロースフェルドにとって完全に予想外の相手だった。
「俺の雇い主は、アルネリア教会の大司教ミランダだ」
***
サイレンスの結界から抜け出したテトラスティンとサイレンス。サイレンスを半ば強制的に脱出させたテトラスティンだったが、もはや地面に膝をつき項垂れるサイレンスには興味がないようだった。テトラスティンは周囲に誰もいない事を確認すると、防音と気配遮断の簡単な魔術を強化して木に背を預けた。彼らは既にカンダートの砦より遠く離れている。テトラスティンは万一を考えて、砦の外に転移の拠点を築いていた。もちろん転移先には結界を張り、転移の気配すら漏れ出ぬように配慮している。
それでもそれなりに高位の魔術士が調べれば見つかる可能性もある。いち早くここは脱出するに限るのだが。その中でテトラスティンはサイレンスを見下ろしながら吐き捨てるように告げた。
「さっさと回復しろ。どうせ自動回復魔術をかけているんだろう?」
「くそっ、くそっ。くそうっ!!」
テトラスティンの言葉が耳に入らないかのようにサイレンスは吠えていた。頭を木に打ち付け、回復魔術が間に合わぬほどの勢いで頭から血を流している。その様子を見てテトラスティンは無感動に感想を述べた。
「普段涼しい顔をしているが、随分と感情的な男なのだな」
「これが腹を立てられずにいられるか! ただの人間であるあのクソ餓鬼に、この私が遅れを取ったんだぞ? 大陸でも最高の魔術の一人である、この私が! 人間など私に操られていればいいものを。
あの餓鬼もそうだ。私が演出した舞台の人形にすぎないはずだったのに、許可もなく私に逆らい剣を向けるだけでなく、私に傷までつけて地面に這いつくばらせた・・・どうやって殺してくれようか!」
「何を言っている、私達は全員この大陸という舞台で踊らされる人形だ。我々はこの大地失くしては生きてゆけず、そういった意味では我々はこの大陸という広大な舞台で動かされる矮小な存在にすぎん。舞台の規模を考えれば我々が動いていようが、動かされていようが何も変わるまいよ。お前の主張は、大樹にようやく咲いた花が新芽を笑うようなものだ。くだらん」
「うるさいっ!」
サイレンスの放った風の刃がテトラスティンの頬をかすめて木の枝を切り落とす。テトラスティンの頬に一筋の血が流れたが、彼はそれを澄ました顔で気にも留めない様子だった。ひとしきり木に頭を打ち付け終えたサイレンスがテトラスティンを睨む。
続く
次回投稿は、9/12(木)14:00です。連日投稿になります。