足らない人材、その128~縁25~
「うあっ!?」
「悪いな、そこまでにしておいてもらおうか」
レイヤーが起き上がって見たのは、茶色のローブに身を包んだ魔術士風の少年だった。一見みすぼらしいそのローブだが、中に充実した魔力が只者ではないことをレイヤーに悟らせる。
アルフィリースを剣に例えるなら両手で持つ大剣だが、目の前の少年は薄刀のような印象をレイヤーは抱いた。限界まで研いで、切れ味はこのうえなく鋭いが、振るえば折れる危うさも持ち合わせた。そんな魔術士の姿にレイヤーは見覚えが無かったが、暗く沈んだ眼を一度見たら忘れられないと思った。全てに絶望し、何にも期待していない目。それはレイヤーが見たこともない程、深い闇に閉ざされた瞳だった。
レイヤーがあまりの闇に一瞬見惚れる中、背後でグロースフェルドが驚きの声を上げた。
「馬鹿な、なぜあなたがここにいるのですか。テトラスティン!」
「何っ?」
グロースフェルドが呼んだ名前に、ヴァルサスも珍しく驚きの声を上げた。ヴァルサスもその名前を知ってはいたが、顔を直に見るのは初めてだったからだ。
ヴァルサスが剣呑な表情でテトラスティンを睨む中、テトラスティンは無表情に返事をした。
「私がここにいる理由だと? まさか冗談でここにいると思うのか、破戒僧?」
「ではあなたは――」
「ああ、黒の魔術士の側についた」
その言葉に、場の空気が一段張りつめた。殺気の主はグロースフェルド。
「・・・とんだ男だ。魔術をどこまで冒涜すれば気が済むのか」
「お前こそ、いまだにありもしない夢を描いているのか。お前たちはいつの時代も、ありもしない理想を追っているな。それのせいで何人を犠牲にした? 貴様自信、犠牲にしたものの大きさに絶望して破戒僧になったろうに」
「言うな、私は今でもそのことを悔いている」
「そして狂獣の下で好きなように暴れる日々か。たいしたご身分だ」
吐き捨てるようなテトラスティンの言葉に思わずグロースフェルドが一歩踏み出したが、ヴァルサスによってそれ以上近づくことは遮られた。
「よせ、近づくな」
「・・・わかっています」
「さすが狂獣、賢明だ」
「からかっているのか、魔術協会の長よ?」
ヴァルサスが睨むとテトラスティンはおどけたように手を挙げた。
「『元』長だ。私はむしろ褒めているんだよ。私相手に立ち向かっても、勝てるもんじゃない。それがわかっているから、今そこの破戒僧を止めたんだろう? さすが獣の本能は敏感だと褒めたのさ」
「やってやれないことはない」
「あるいはそうあることを望むがね。時間だ、こいつの身柄はあずかって行く。サイレンス、そろそろ転移が唱えられるように口まわりだけでも回復したか?」
「・・・ええ、大丈夫ですよ」
「ならさっさとこの結界から出るぞ。これ以上の長居は無用だ、外の戦況も決着がついた。ここから逆転は不可能だろう」
「いいでしょう」
テトラスティンとサイレンスの足元に黒い輪のような魔法陣が出現したかと思うと、二人の姿はその中に沈んでいった。いかにも隙がありそうに見えたが、グロースフェルドが踏み込もうとするとテトラスティンが察したように掌をグロースフェルドの方に向けた。悔しそうにその場に立ち尽くすグロースフェルド。
そしてテトラスティンはレイヤーを見て、その場に落ちていたマーベイス・ブラッドを放って寄越した。鞘もサイレンスから外して放り投げる。レイヤーがその剣を掴み、驚いたようにテトラスティンを見た。
「少年、戦利品だ。取っておけ」
「なぜだ?」
「人は成した事、あるいはこれから成す事に対して対価を払う。ここでサイレンスを屈服させたことに対する天晴さに対し、私からの賛辞の気持ちだ、遠慮なく取っておけ。元来勝者は全てを得、敗者は全てを失うのが戦場の習わしだ。剣の所有権は少年にある。もはやサイレンスの所有権は切れているよ、何も罠はない」
「なら遠慮なくもらう」
「それがいい、素直は美徳だ。剣の名前は多少不吉だが、浄化するならミリアザールに相談しろ。切れ味だけでも相当な剣だ、君の腕力をもってしても早晩折れたりはしないだろう。
未来ある若者に幸あれ」
それだけ告げると、サイレンスとテトラスティンの姿は消えた。後に残された三人はそれぞれ複雑な感情を抱いていた。その中で真っ先に口を開いたのはヴァルサスである。
続く
次回投稿は、9/11(水)14:00です。