足らない人材、その127~縁24~
「言っている意味が矛盾していますよ、少年。私を殺せばもうつけ狙われることもないでしょう? なら誰がやったっところで――」
「自分でも何を言っているのかと思うけど、お前は恐怖させる必要がある。お前はどこかでこの出来事を他人事のように思っている。お前にとっては人の恐怖や生き死になんて、まるで芝居のようなものなんだろう?
だから教えてやるさ、この世界に傍観者なんていないってね。嫌でも僕達の舞台に上がってもらうぞ、サイレンス!」
「小僧が大層な口をきく!」
サイレンスはレイヤーの言葉に怒りをあらわにはしたが、その割には冷静であった。唱えた魔術は土の塊を複数発射するもの。詠唱にも元来時間がかからない短呪に分類されるが、耐性の無い者が生身で直撃すれば骨は軽く持っていくくらいの威力はある。一瞬レイヤーが怯みさえすれば、立て続けに剣で斬りかかるか、あるいは致命傷になる魔術を使用する気であった。
普通の剣士であればサイレンスの思惑通りになったであろう。だが、サイレンスはどこかで騎士剣を剣技の中心に物事を考える傾向にあった。決死の覚悟を持った人間、あるいは生きるために剣を振るう人間は護るために剣を振るう人間とは根本的に違う。彼らの剣は一振り一振りがその後の生につながり、ゆえに技術では表せなくとも非常に鋭い一撃となる。
サイレンスは最初に騎士剣を覚え、なおかつその場で随一の使い手となってしまったため、戦場で振るわれる剣の本質を知らなかった。生きるために振るわれる剣は、技術だけでは押し返せない事もあると、サイレンスは知る機会を得ることができなかった。だからヴァルサスとの差が現れる理由も、サイレンスは気付くことすらできなかった。
ゆえにサイレンスは今目の前で起こっている光景が理解できない。至近距離から放たれる複数の岩の塊を、よけながら、あるいは皮を切らせながらレイヤーが向かってくることなど、サイレンスには理解できなかった。
「な、馬鹿なっ!」
「ふぅう~」
レイヤーが最後の岩の塊を肩で受け、その勢いを利用して体を回転させ剣を振るおうとする。と、同時にレイヤーから凄まじい殺気が放たれた。反動のついた剣の勢いとレイヤーの今までにない殺気に、サイレンスは思わずつられて剣を無造作に振り下ろしてしまった。
するとレイヤーは回転で勢いのついた体の動きを無理矢理足一本で止めた。あまりの勢いを無理に止めたため、彼のズボンが一部破け、筋肉が一部断裂する音がレイヤーの脳天に響いた。体の各所が悲鳴を上げる中、レイヤーは剣の軌道を横薙ぎから無理矢理上段に切り替えると、止めた勢いを再度解放し、サイレンスの剣を追い打った。
勢いのついた剣はサイレンスの剣に追いつき、さらにサイレンスの剣を加速させる。そして勢いの付きすぎたサイレンスの剣は止まることなく、剣の特性ゆえに魔術障壁を無視して地面を抉りながら彼の内股を切り上げたのだ。あまりの早業に、サイレンスは剣を手放す暇すらなく、手首が巻き込まれるように折れていることにも気が付かなかった。
「・・・は?」
「せやあっ!」
レイヤーはサイレンスが何が起こったかを認識する前に、さらに彼の剣に打ち込んだ。骨が折れ肉が裂ける鈍い感触と共にサイレンスの右足がずるりとその場に落ち、サイレンスは体のバランスを失って初めて右足を持って行かれたことに気が付いた。
サイレンスが次の瞬間に感じたのは、痛みではなく激しい怒り。今まで侮っていた者に傷つけられたという肉体的な傷ではなく、自尊心についた傷の方が大きかった。
「こ、このガキがあああああっ!」
「遅いっ!」
既にサイレンスの手を離れるかと思われた剣であったが、まるで彼の手に吸い付くかのようにその手を離れなかった。レイヤーはマーベイス・ブラッドを奪って斬りつけるつもりでいたが、挙動のおかしな剣を見てその考えを改める。古い剣や魔術で契約した剣は、主の意志以外でその手を離れない事もあるが、レイヤーは本能でそれを察した。
レイヤーはマーベイス・ブラッドがサイレンスから離れないと気づくや否や、一瞬でサイレンスとの距離を零にして体を預けるように密着し、肩でサイレンスの顎をかちあげる。もちろん魔術によってサイレンスの体に傷をつけることはできないが、レイヤーは魔術障壁の弱点に気が付いていた。
以前スラスムンドにて同じように打ち込んだ時、確かに剣は防がれたがサイレンスの体はのけぞっていたのだ。それは今回も同じ。剣による直接的な切り傷などは防げても、その衝撃まで完全に殺せるわけではないと。
レイヤーの答えは一つだった。
「うおおおおぉ!」
レイヤーはかちあげたサイレンスの体を、剣で再び地面に叩きつける。さらに蹴り上げ、殴りつけて壁に叩きつける。壁に叩きつけてからは、レイヤーの攻撃は豪雨のように連続で叩きつけられた。サイレンスの認識が遅れるほど、何撃放たれているのか確認すらできないほど叩きつけられる剣と拳。剣技とは程遠い、狼の群れのように荒々しい攻撃にサイレンスは今の自分状況を理解するまでに時間がかかってしまうほどだった。
「(私は今――攻撃をされているのか? なぜだ、なぜこうなった? い、いや。それよりもこの攻撃から逃げ出すことは可能なのか? いっそこうなったら奥の手を――)」
サイレンスはとっておきの手を使おうとしたが、その暇すらレイヤーは与えてくれなかった。その光景を見て、ヴァルサスとグロースフェルドは素直に賛辞を送っていた。
「ほう、凄まじいな。グロースフェルド、お前はあの少年がここまでやると思っていたか?」
「――まさか。私は彼が死ぬと思っていましたよ。彼が死んでも私たちが勝つことには変わりはないですからね。だけど面白い眼光をした少年だとは思いましたから、けしかけて面白いものが見れればと思いましたが――想像以上だ。まさか敵の剣を利用して魔術障壁を破るとは思いもしなかった。それに見てください、今度は魔術障壁が物理的に破られますよ」
グロースフェルドの言うとおり、サイレンスが何が起こっているのか理解する頃には彼の魔術障壁はレイヤーによって砕かれようとしていた。レイヤーの攻撃は、彼の拳が砕かれようが一向に衰えない。確実にサイレンスの息の根を止めるまで、肉が裂けようが骨が砕けようが止めるつもりはないのだろう。
サイレンスはその攻撃を繰り出すレイヤーの表情を見てぞくりとした。初めて自分が狩られる側に立たされたと知り、捕食者の目つきを見て恐れを抱いたのだ。
「ひ、ひわぁっ!」
「うあああああ!」
サイレンスが悲鳴にならない声を上げた時、レイヤーの拳が魔術障壁を打ち砕いてサイレンスの頬を殴りつけた。同時にレイヤーの拳も砕けていたが、サイレンスの頬も完全に砕かれていた。
それでもレイヤーの攻撃は止むことなく、剣の切っ先が折れても、サイレンスが何かをする暇もなく繰り出された。折れた切っ先で、その柄で、あるは頭突きで、肘で、膝で、脛で。レイヤーの攻撃はサイレンスが生きている、死んでいるにかかわらず繰り出された。
完全に決着はついたかに見え、まさにサイレンスの息の根が止められようとしていた時、レイヤーは突如としてサイレンスの背後から伸びてきた何かに突き飛ばされた。唐突な出来事に、レイヤーが受け身を取れず後ろに転がされる。
続く
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