足らない人材、その126~縁23~
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その時、サイレンスとヴァルサスはレイヤーの事など気にかける余裕がないほど、激しい戦いのただ中にいた。ヴァルサスの剣は唸りを上げてサイレンスに襲い掛かり、肉の壁に当たろうがまるでその勢いを落とさない。まるでヴァルサスを中心として竜巻が作られているのかと思われるほどの、攻撃の嵐だった。
息をする暇すら致命的になりかねないほど激しい応酬の中、やはり優勢に立ちつつあるのはヴァルサスであった。彼にとっては予想外の展開に、サイレンスは再び疑惑にかられてしまう。
「(なぜだ、なぜ私が押される? かつて遊びとはいえ、騎士団に所属していた頃も私に剣で適う者などいなかった。剣に関して、油断していない私が遅れを取ることなどありえないはずなのに! そのような体のはずなのに! なぜたかが傭兵風情に圧倒されるのだ?)」
サイレンスは焦っていた。容姿だけでなく、剣を振るうのに適切な体格、筋力まで微細に調節したはずのその体。およそ剣で戦うために理想的な体に仕上げ、正規の騎士剣を修めたはずなのに、どうして剣技も何もない傭兵風情に遅れをとるのか理解不能だったのだ。
だがその全てがヴァルサスにとって関係ない。ヴァルサスは何が戦いに適していて、何がそうでないかなど考えたことはない。戦いに不要な感情や理屈を一切持ち込まないが、剣を振るえば振るうほど、戦いに対して純然と特化していくことを知っていた。理由などわからずとも、目の前の敵を打倒するために必要な何かをヴァルサスの本能が教えてくれる。それこそがヴァルサスの天稟であったのかもしれない。
そして二人の差は、戦いに余計な思考を持ち込まぬことだけから来ていることを、互いに知らなかった。まさにヴァルサスがサイレンスの剣を弾いた瞬間、グロースフェルドの魔術が二人のすぐ脇の地面に命中し、肉壁を飛び散らせた。突如として起こった出来事にサイレンスは集中を削がれたが、ヴァルサスは飛び散る肉壁すら気にならぬというように自らの大剣をサイレンス目がけて振り下ろしていた。
ヴァルサスの剣は魔術を完全に消去するわけではないが、一定以上の魔術特性も備えている。つまり、ヴァルサスの膂力と剣の特性を合わせれば、詠唱抜きのサイレンスの魔術障壁程度なら突き抜けるということであった。
「なあっ・・・」
サイレンスが不覚を取ったと気が付いた時に、またしても思わぬ出来事が起きた。ヴァルサスの剣はレイヤーによって撃ち落され、サイレンスはレイヤーによって蹴飛ばされて九死に一生を得ていたのである。
突如として起こった出来事に、サイレンスも呆然とし、ヴァルサスはレイヤーをぎろりと睨んでいた。それは、敵を睨みつける目というよりは、純粋に問いかける眼であった。ただし、一切の言い訳を許さぬ厳しい眼であったことには違いない。レイヤーの胆力をもってしても、心の臓を鷲掴みにされたように身がすくんだ。返答次第ではヴァルサスの剣がレイヤーに向けられることを、如実に物語る眼である。
「どういうつもりか、小僧。返答次第では容赦しないが」
「・・・あいつは僕がケリをつけるべき相手だ。譲ってもらいたい」
「それは俺の剣を止めてでもなすべきことだと、そう言いたいのか?」
「そうだ」
よどみない言葉に、ヴァルサスとレイヤーの視線が交錯する。しばし二人はにらみ合い、そしてヴァルサスが剣を引いた。
「いいだろう。ただしお前の剣が俺の納得のいくものでなかったら、結果によらず俺の剣はお前に向けられる。その覚悟があるか?」
「ああ、構わない。ただしその場合、あんたも斬り伏せることになる」
レイヤーの言葉にヴァルサスは面白そうに口の端を綻ばせ、剣を鞘に収めた。外套を翻してヴァルサスはグロースフェルドの所まで下がる。レイヤーはヴァルサスの背中をちらりと見て、そしてサイレンスに集中した。
グロースフェルドの場所まで戻ったヴァルサスは、彼と肩を並べて腕組みしてレイヤーを見守った。その様子を可笑しそうにグロースフェルドが見ている。
「戦いの邪魔をされてもっと機嫌を損ねるかと思いましたが、むしろ上機嫌ではないですか、団長?」
「ああ、自分でも驚くほどにな。正面からああいった物言いをされたのは久しぶりだ。つい嬉しくなったよ」
「最近はうちの団員でも遠慮しますものねぇ。強すぎるというのも困ったものだ」
「俺など大したことはないと、自分では思っているのだがな」
「ルイとレクサスを同時にあしらえる者など、大陸にもそうはいませんよ。団長とベッツが特別なんです」
「あの少年をあしらうのは苦労しそうだがな」
「そうですか?」
グロースフェルドはレイヤーの挙動を見ていた。そのレイヤーは剣をゆったりと構え、サイレンスを睨みつけていた。
「もう一度僕が相手だ。早く立て」
「・・・どういうつもりですか? あなたよりもヴァルサスの方が勝機はあるかと思いますが。というより、先ほどの間は必殺でしたのに、なぜ邪魔を?」
「それじゃ意味がない。僕がお前を倒さないと、意味がないんだ」
「?」
サイレンスはレイヤーの意図をつかみ損ねていた。自分を倒すなら誰がやっても同じではないか。サイレンスですらそう思っていたのだが。
「言っている意味が理解できません」
「僕もよくわかってないのかもしれない。でも人の命すらやり取りされる荒れた街で育って、汚い大人のやり方も知って。一つわかったのは、自分がやられないためには誰とも戦わないようにすること。だから僕は自分の力を隠した。多少やられたくらいじゃやり返さないのが一番だ。向こうもいきなりこちらの命を取るまでの凶行には及ばないが、こちらがやり返すと本気になる。
だけどそれだけじゃだめだ。世の中は安穏と生きることをまだ許してはくれない。ならば敵は徹底的に叩く。二度と歯向かう気さえ起こさせないように、完全に屈服させる。そのためには他人の力をあてにしたんじゃだめなんだ。
僕がやる、僕がお前を殺す。死んで精霊の世界に還元されてすら僕の事を思い出す度に恐怖が甦るほど、徹底的に」
レイヤーの目つきが変わり始めていた。今までは真剣に戦ってこそいるが、どこか現実感がないように心ここにあらずといった茫とした目つきであった。それは今までの敵が本当にレイヤーが倒すべきだと考えていなかったからかもしれない。
だが、今は違う。初めて自分の獲物を見るような目つきで、サイレンスの息の根を確実に止めんとしていた。目は見開かれ瞬きはなくなり、瞳孔は小さく徐々にサイレンスの輪郭のみに焦点が合う。
サイレンスは体勢を立て直しながらも、今までとは違うレイヤーの様子に、怖気を感じていた。
続く
次回投稿は、9/8(日)14:00です。