足らない人材、その125~縁22~
「やれやれ、うちの団長は気が短くていけない。多少は団員に戦いを任せればいいものを。だいたいあんな奴は――」
「戦いの経験不足だから、自分一人でも十分にやれる。そう言いたいのか?」
グロースフェルドの背後から気配がしたが、グロースフェルドは驚かなかった。既にレイヤーがサイレンスの拘束を解いていたことはわかっていたからだ。レイヤーは拘束されていた体が元通り動くか確かめるように、ゆっくりと体の筋を伸ばしているところだった。
グロースフェルドは背を向けたままレイヤーに話しかけていた。
「先ほど私が魔術を放った時、彼が拘束を弱めた隙を見逃しませんでしたか」
「ああ、一瞬弱まれば十分だ。ずっと隙をうかがっていたから。あいつは人を騙すのは得意かもしれないが、戦士じゃない」
「なんとまぁ」
平然とした顔で答えるレイヤーに、グロースフェルドは興味を持った。
「戦いに影響しないので無視していましたが、失礼だったようですね。最初はただの小犬かと思いましたが、どうやら牙は備えているようだ。それにしても、どうやって拘束を引きちぎったんです? それなりに高位の魔術で束縛されていたと思いましたが」
「別に。力で引きちぎった」
「力で」
グロースフェルドは驚きを隠せなかった。確かに魔術といえど質量をもって干渉するなら力で引きちぎる事ができなくもないだろうが、それも余程化け物じみた力でなくては不可能のはずだ。グロースフェルドの知識が確かなら、レイヤーを抑え込んでいた魔術は巨人族を押さえて余りあるほど拘束力がある魔術のはずだった。
グロースフェルドの興味はますます高まる。
「君は、中々に面白い少年の様です。あのサイレンスとは因縁が?」
「ああ、それなりにね。僕の故郷を焼いた奴みたいだ。縁あって目をつけられている」
「ふむ、確かに向こうの方が君にご執心の用にも見えますね。で、どうするのですか? このまま大人しくしているのなら、後で一緒に帰れるように手配しますが。どうせ勝つのはヴァルサスです」
とグロースフェルドは言いつつも、目の前の少年は傍観するつもりが一切ない事を知っていた。これほど鋭い眼の光を持つ者が大人しくここで座っているはずがない。グロースフェルドには、もはやレイヤーが飢えた野獣にしか見えなかった。
一方でその眼の光の割に、話し方は大人しく無駄な殺気も発しない。これが先天的に備えている資質ならば、生まれついての殺戮者か、英雄のどちらかだろうとグロースフェルドは知っていた。
「いや、僕がやるよ。あいつには随分とやられたし、これからも付きまとわれるのはごめんだ。僕の手でケリをつけるのが一番だね。きっちりと落とし前はつけておきたい」
「勇ましいことですが、何か作戦はあるのですか? 見た所君の剣は並み程度の業物のようだ。武器の性能は及ばない、また魔術障壁で君の攻撃は届かず、金の魔術で補強された彼の膂力に対抗するだけの技術もない。何も考えが無ければ、蛮勇と変わりません。我々だからこそ彼と渡り合っていますが、相手は仮にも大陸最高の魔術士の一人。彼がなりふり構わなくなる前に仕留めなければ、逃げられてしまいますよ?」
「わかってる、策はあるんだ。もしそれが駄目なら潔く譲るさ」
「ふぅ。頑固で我儘な少年だ、ヴァルサスみたいですよ。では私が彼らの戦いを一瞬止めます。その間に割って入りなさい。よろしいか?」
「ああ、悪いね」
レイヤーは地面に落ちていた自分の剣を拾い上げると、一振りしてその感触を確かめた。どうやら剣におかしなところは何もない。ならば、なんとかなるかもしれないと、剣を握るとレイヤーは確信に近い感触を得ているのだ。
「(不思議だね、半年も前は自分が剣を握って闘うなんて想像もしていなかった。必要があれば戦うことにためらいはなかったけど、目的をもって剣を振るう事なんて全く考えてもいなかった。まして強くなりたいなんて、思ったこともなかった。生き抜くのに必要な強さは元々持っていると思っていたから。
でも今は違う。あいつに勝たなくてはいけない。あいつはここで殺しておかないと、きっと仲間に災いが及ぶ。殺す、僕の命を引き換えにしても殺してみせる)」
その時レイヤーはゲイルやエルシアだけでなく、アルフィリースの顔も思い浮かべていた。その事に気が付いて自分でも不思議に思うレイヤーだったが、確かにアルフィリースに対して恩も感じている。何らかの形で返したいとは常に思っているが、はたしてこれが恩返しになるだろうかと思った。
「本当なら許可を得てから戦うべきなんだろうけど」
「何を呟いているのです? 仕掛けますよ」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
「それは結構。では!」
グロースフェルドの光の魔術がヴァルサスとサイレンスの手前に向けて放たれ、同時にレイヤーは地面を蹴ったのである。
続く
次回投稿は、9/6(金)15:00です。