足らない人材、その119~縁⑯~
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「アルフィ、いち早く城の中に突入した方がよいかもしれません」
ヴァルサスが城の中に突入してからすぐに、リサから提案がなされた。既に傭兵達の3割が城壁をよじ登って城の中に突入しているが、いまだ邪魔な鉄柵はびくともしなかった。正門の制圧が完了したというのに、鉄柵が上がらないせいで大がかりな物資をやり取りすることができない。
それ以外は敵の反撃も散発的で、正面の安全は確保されたように見えるのにアルフィリースはいまだ何かが気にかかるのか、丘の上から動こうとはしていなかった。
「リサ、その根拠は?」
「根拠というほどのものではありませんが、このままでは城壁内との連絡が不備になります。誰か指揮官が突入しないと、臨機応変に対応できません。アルフィが行かないのならば別の誰かを行かせるべきでしょうが、何か気になることでも?」
「・・・もしあの門が開かなくて、私たちが城壁の中に入った時に閉じ込めるような仕掛けでもあったら?」
アルフィリースの言葉に、近くにいた者達がぎくりとした。アルフィリースは続ける。
「あるいは自爆するような仕掛けがあったら? あの城自体が巨大な罠で、中に黒の魔術士が潜んでいるかもしれない」
「まさか、彼らは去ったのでは?」
「そう思わせておいて、違うのかも。どうも彼らは一枚岩ではないような気がする。全員がオーランゼブルの命令を聞いていないとしたら、この砦は彼らにとって、何かをするのに好機だともいえる。こちらの味方はほぼ我々だけ。戦場に一瞬できた、空白の様なこの時、この場所。
私が敵だとして、じっとこちらを監視していたら、ここで仕掛けるわね。その疑惑が、どうしても消せない」
「根拠は? 彼らが一枚岩ではないという」
リサの言葉にアルフィリースは返事をしなかった。ユグドラシルの存在はまだ誰にも話していない。彼の事は、誰にも話さない方がよいと思ったのだ。以前ユグドラシルにさらわれるようにして話をした後、アルフィリースはその場を適当にごまかした。リサだけは不審に思っていたが、その点をリサはあえて深くは追及しなかった。
同じように、リサは黙りこくるアルフィリースを見て、やはり追求しなかった。アルフィリースが沈黙を貫く時は、それ相応の理由がある事をリサは知っている。そしてその理由は、公にできない事が多いのだと言う事も。
リサはため息と共にアルフィリースを追及することを諦めた。
「はー・・・理由がなくとも構いませんが、貴女の命令一つでこちらはいつでも命を投げ出さなければならない事があるという事実を、お忘れなく」
「わかっているつもりよ」
「それならばいいのです。ならばあの砦には我々だけで突撃するとしましょう。リサも砦の中に上手くセンサーが走らないので、業を煮やしていたところです」
「それなら私が付いて行って、あの砦のセンサー妨害魔術を破ろう。そうすれば、もう少し砦の全容がわかるだろうさ」
ミュスカデの提案に、リサはほぅと感心する。
「そんなことが出来るのですか? これは心強い」
「そりゃあ結界を張る事が出来るんだから、当然破る事もできるだろうさ。さて、上手くできるかどうかはさておき、やってみる価値はあるだろう」
「ではでは~砦の中の指揮はラインさんにお任せしてもよいでしょうか~?」
「しゃあねぇ」
「貴女は行かないので?」
リサがコーウェンに質問したが、コーウェンは当然だといわばかりに首を横に振った。
「何をおっしゃいますか~? 軍師が敵陣に乗り込んで~、何か利点が得られるとでも~?」
「戦況がより具体的に見渡せるでしょう」
「それはセンサーを通じて~、伝令でやり取りすればいいことです~。軍隊には色々な役割があります~。貴方達が一番にしなければならないのは敵を倒すことではなく~、団長を守り~、次に私を守る事です~。頭がつぶれたらどれだけ手足が元気でも動けませんからね~」
「手足が千切れても同じこと。頭だけでは動けません」
「ですが死にはしません~。手足の替えはその気になったらいくらでもありますから~」
コーウェンの物言いにリサは閉口し、無言で背を向けて立ち去った。その後ろ姿を見ながら、コーウェンがアルフィリースに近づく。
「私のこと~、ひどい女だとお思いで~?」
「私が肯定するのを期待しているの?」
「いえいえ~、何も期待していません~。ただ貴女としては私に時に同意し~、基本は反対の姿勢を貫くのがいいと思われます~」
「その方が私の名声と信頼が上がるから?」
コーウェンンはにやりとした。
「さすが団長はよくわかっておいでで~」
「全部わかっているわけではないわ。あなたの本音がどこからどこまでかなんて、まだ理解できるほどにあなたのことを知らない」
「あは~、そこは曖昧のままでもいいかもしれませんね~。ただ一つ言えるのは~、私は結果として私の名声が後世に残ればそれで十分なのです~」
「悪名か高名かは問わないと?」
「それは貴女次第です~。私は確かにどちらでも構いません~」
コーウェンは相変わらずにこにことしていたが、アルフィリースはその彼女の態度を内心では頼りがいがあると思っていた。アルフィリースにとっては、初めて自分以外に作戦やこれからの戦略を練ってくれる立場の者。自分の意見を求めるのではなく、自分に先立ち物事を動かせる仲間。
自分で望んで傭兵団を立ち上げたアルフィリースであったが、団長という立場は少なからず重責であった。何事も自分で決を採らねばならず、ラインやリサを中心とした仲間は相談に乗ってくれるものの、最終的な決定権は全て自分である。その重圧は徐々にアルフィリースの疲労を蓄積させていたのは事実であった。
アルフィリースは一つ肩の荷を下ろしたような気持ちになり安堵すると共に、おそらくは自分よりも知恵が回るであろうこのコーウェンがもし自分に牙を剥いたら、一体どうなるのかという危惧もあった。だがそのアルフィリースの心情すら察したように、コーウェンは先回りをしたのだった。
続く
次回更新は、8/25(日)15:00です。