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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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アルネリア教会襲撃、その2~緊迫する教会~

***


 その頃深緑宮では。


「む、無理・・・」

「どうした、ジェイク? まだ30本も終わっていないぞ?」


 ラファティに稽古をつけてもらっていたジェイクであったが、ものの5分でいったい何回打ち据えられたことか。稽古というより、ラファティのストレス解消に付き合わされているとしか思えないジェイクだった。


「さあ、立ちなさい。君はこの教会に来るなり『俺はここで一番強くなってやる!』なんて練兵場で叫んだんだからね。言ったからには実行してもらわないと、君は二度と大手を振って表を歩けないよ?」

「い、言われなくても!」


 寝転がっていたジェイクががばっと起き上がり向かってくる。この単純さがなんとも子どもじみているが、ラファティはそんな彼と打ち合いながらいつも考えることがある。


「(子どもはいい。強くなりたいいう単純な理由で戦う気概が湧いてくる。義務で剣を取り、言われるがままに強くなった自分と比べ、なんとこの少年の眩しいことか)」


 そしてラファティがジェイクと剣を交え始めて数カ月が経つが、ジェイクの剣は日増しに鋭くなる。最初は子どもの習い事程度だったが、騎士剣の型をちゃんと教えるとあっという間にモノにする。500回素振りをしておけと言えば1000回素振りをする。ジェイクはそういう子だった。

 手加減しているとはいえ、時にラファティでも驚くほど深く踏み込まれるときがある。ジェイクの剣撃が正確に彼の間隙や呼吸の切れ間を突いてくるのだ。これは戦う上で全てに通じる手法であり、得難い資質であった。


「(何年で私と互角に戦うようになるかな。現在近衛の主な地位はラザール家の者で全て占めているが、遠からず彼はそこに食い込んでくるだろう)」


 ラファティにも既に長男が生まれているが、この子のように育ってほしい者だと思う。もしかすると自分の子どもに指導をするのはジェイクかもしれないと考えると、ラファティは不思議な感慨に包まれた。


「(ふ、既に年寄りの発想だな。まだ私も20だというのに・・・ん?)」


 ラファティがふと気が付くと、ジェイクがぴたりと剣を止めて外に意識を集中している。


「どうしたジェイク?」

「いや・・・外が変だ。ラファティ、気付かない?」

「だから『さん』をつけろと・・・そう言われれば、何かおかしいか?」


 二人とも剣を止めて外の気配を探っていると、バタバタと兵士が走ってくる音が聞こえた。


「申し上げます!」

「何だ!」

「正体不明の敵が敷地内に侵入! 既に多数の犠牲者が出ている模様です」

「それなら第一の門で食い止めろ。敵は何人だ?」

「それが・・・」

「申し上げます!」


 慌てて次の兵士が入ってくる。


「敵は既に第一の門を突破! 既に騎士団領域内で上級騎士中隊と交戦しておりますが、旗色が悪いです。現在2番大隊ノーヴ様と、3番大隊ブルネル様の隊が出撃準備に入っています。ほどなくして僧兵2000も準備を終えます!」

「待て、敵はそんなに多いのか!?」

「いえ、それが・・・」

「はっきり言え!」

「確認できた敵は5人! うち3人は子どもです、大人2人も女のようです!」

「なんだと?」


 ここにきてラファティの顔色が初めて変わる。一瞬蒼白になりかけた顔は、だがしかしすぐに引き締め直された。


「わかった。だがこれが陽動とも限らない。さらに5番隊に出撃準備を急がせろ。足並みが揃い次第、私が陣頭指揮を執る。1、4、7は第一種出撃態勢で待機。6番隊は連絡要員として第二種出撃態勢で待機。近衛はこのまま深緑宮にて警戒態勢を取れ。伝令頼む」

「はっ!」

「後は兄上に連絡をつけろ」

「その必要はない」


 深緑宮の奥から既に戦闘態勢で姿を現すアルベルト。


「既に御存じでしたか」

「あれだけ外で暴れられれば、嫌でもな。ラファティ、お前が気付かないとは少したるんでいるのではないのか?」

「・・・申し訳ありません」

「まあいい、外は任せる。私はこのまま深緑宮に残るが、敵をここに踏み込ませるなよ?」

「御意にございます。ところで、ミリアザール様は?」

「まだお戻りになられぬ。こんな大失態をみせるわけにもいかんがな」

「ごもっとも。では私は出撃しますが、ジェイクをよろしく頼みます」


 ラファティがアルベルトにジェイクの事を頼もうとするが、当のジェイクが首を振った。


「ラファティによろしくされなくっても、ちゃんとチビ達の面倒見て大人しくしているさ。俺じゃまだ足手まとい以外の何でもないだろうからな」

「そうだな、大人しくしていろ。終わったらまた稽古をつけてやる」

「ああ、頼むからよ・・・ケガすんなよ?」


 ジェイクが拳をすっと突き出してくる。こういうところだけは一人前を気取ろうとするのだが、ラファティも悪い気はしない。


「戦いだからそれはなんとも言えないが・・・無事で戻ってくると約束しよう」


 ラファティも拳を出し、ジェイクと拳同士を突き合わせると身をひるがえし出ていく。だがジェイクはその後ろ姿を見送ることしかできない自分が歯がゆかった。


***


 そして深緑宮のさらに奥、ミリアザールの私室。突然その中央に転送魔術の魔法陣が浮かぶ。そして現れるミリアザール。


「ただいまー、っと。なんじゃ、誰もおらんのか? ・・・いや、何か様子が変じゃの。誰ぞおるか?」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 ミリアザールの声に応えて、間もなく梔子が音も無く現れた。普段はアルベルトにも気取られぬように、足音や口調も努めて普通の人間と代われぬように振舞う彼女であるが、その様子からしてどうやら緊迫する事情があるようだ。


「何かあったのか?」

「はい、侵入者が」

「どっかのバカが乱痴気騒ぎでもやっておるのか。聖都アルネリアにつっかけてくるなんぞ、命知らずにもほどがある」

「その程度で済めばよいのですが、残念ながら第一の門を突破され、死者が既に200を超えております」

「負傷者ではなく、死者が?」

「はい、間違いないかと・・・どうした?」


 梔子の元に、もう一人侍女が入ってくる。彼女も「口無し」の構成員であるが、余程急ぎなのかミリアザールへの礼もそこそこにそっと梔子に耳打ちする。その報告を聞いて、梔子がきつめの目じりを一層引き締めた。


「・・・報告します。第一の門を突破された後、対応に出た上級騎士300・僧兵200が突破され、死傷者・負傷者多数。敵は既に第二の門に接近しております」

「なんと・・・いくらなんでも速すぎじゃろう。うちの騎士団の警備はザルか? それとも敵がそれほどの手練か?」

「後者かと。第一の門は大魔術で一撃で破壊されたようです。そのため手筈通り中隊で足止めする間に大隊が出撃準備をしておりましたが、その中隊の足止めすらままならない状況で」

「にしても、じゃな。ちょっと最近訓練の仕方が甘かったかの? で、敵は何人じゃ?」

「それが5人です」

「はぁ!?」


 ミリアザールは思わず素っ頓狂な声を上げた。さすがの彼女にも意外だったようだ。


「5人でうちの教会に喧嘩を売ってきたのか? 自殺志願以外の何物でもなかろうが」

「ですが現に攻め込まれております」

「ふむ。確かに神殿騎士たちの対応方法は対軍隊を想定しているからな。そのような少人数を想定して作っておらん。軍隊という大きい単位を動かすことを考えれば対応できんでも当然か。逆に相手を褒めるべきかの?」

「敵がそこまで考えていれば、ですが」


 その時再び侍女が駆け込み、梔子に耳打ちする。


「悠長なことを言っている時ではないかもしれません。敵が増えました」

「今度はどんな奴らだ?」

「数はおよそ10。どれもこれも魔王級の魔物の様です」

「ほっほ~う、向うから仕掛けて来よったか。魔王を配下のように使うとはおそらくは幹部が出張って来たな? ワシに喧嘩を売るとはええ度胸じゃ。梔子よ、最悪そなたにも戦ってもらわんといかんかもしれん。準備だけはしておけよ」

「御意」

「それと、空から見物しとるバカどもに注意せえ。ワシの勘が正しかったら、今攻め込んで来とる奴らよりそっちのほうがはるかに厄介じゃ」

「・・・御意」

「あ、ぺったんこだ! おかえり~」


 その時ミルチェがトコトコと部屋に入ってきた。緊迫していた空気が一挙に和らぐ。


「おお、ミルチェか。ただいま帰ったぞ」

「ねえねえ、おみやげは~?」

「済まんが今日は無しじゃ」

「え~、つまんな~い」

「仕事じゃったからの・・・その代わり明日、下町にこっそり焼き菓子を買いに行こうな」

「ほんとー? わーい、さすがぺったんこ、はなせる~!」

「お目付け役の前で、堂々と仕事をさぼる算段をしないでいただけますか?」


 梔子がふぅとため息をつくと、その時ジェイクが他の子ども達を連れて入ってきた。


「・・・ここまで来そうか?」

「多分な。敵がその気になったら来ることは可能じゃろう。最悪ここが戦場になる」

「わかってる。だから皆を集めてきた」

「相変わらず勘の良い奴じゃ・・・子ども達を任せる。東からの客人と一緒に安全な場所に誘導させるゆえ、そこで隠れておれ」

「ああ」


 そして侍女の一人が彼らを誘導して出て行った。入れ違いにアルベルトが入ってくる。


「外の様子は?」

「ラファティが大隊の指揮を執る予定でしたが、彼が外に出る前に敵に門に接近されてしまいました。そのため大隊の出撃は間に合ったものの連携が思うようにいかず、2、3番隊がそれぞれ各自の判断で戦っている状況です。

 魔物の軍勢と現状は互角。もうじき5番隊が出撃するため、そちらは優位に展開できるかと。第二の門の守備はわが父とラファティが担当しております」

「まったく・・・たかが数体に戦争状態じゃの。一般民衆に対する対応は?」

「既に広報担当の者が市長の元に向かったようです。急遽軍事演習をすることになったということで通すつもりかと」

「わかった、口裏を合わせるように各部署に連絡を。死体は一般人に見られていまいな?」

「幸いにも。ただ壊された門だけはどうしようもないかと思います・・・あの位置では外からも見えてしまうので」

「改修中に見せかけるように手配しろ。一般市民に余計な心配をかけさせるな。1刻以内に全て終わらせるつもりでやれと、全員に伝達しろ」

「御意」

「3バカ大司教はどこにおる?」

「マナディル様はこちらに向かっています。今頃は第二の門にいるかと。ドライド様はただいま教会にて説法の時間であり、普段と変わらぬ様子を見せるため、そのまま説法を行っております。ただ情報は伝わっているため、招集をかければ10分もなくこちらまでこれるかと。ミナール様は所在不明です。探しますか?」

「だいたい予想通りじゃが、ミナールは放っておけ。あれはワシの命令で動かすより勝手にやらせた方がいい働きをする。で、だ。最悪ワシも戦うことになる。また深緑宮内部の兵士は全員1~3区画に集めよ、中庭以降には兵士はいらん。ワシが戦うことになったらその姿を見せるわけにはいかんでな、敵が万一ここまで来たらいっそ中に引きこんでやれ」

「御意。では1の区画の最終砦は私が務めます」

「頼むぞ。そなたが突破されるような敵でないとよいがな」

「努力しましょう」


 アルベルトが毅然として部屋を出ていく。その後ミリアザールはシスター服を脱ぎ捨て、自分が戦うとき用の服に着替える。ノースリーブのピタリとしたシャツに、少しゆとりがある長いズボン。足首でぴたりと裾が締まっており、格闘戦をやりやすい服装となっている。髪を一つに束ね、結いあげる。髪を止めるときに使うのは、自分の良人の形見の1つである髪飾りである。もちろんそれは誰も知らない。


「ふふ・・・この恰好をするのは大戦期以来か。こんな時であるのに血がたぎるとは、ワシもイケナイ子じゃの・・・クク」


 ニヤリと不敵に微笑み拳を数振りして気ごたえを確認すると、自分の執務用の椅子に深く足を組んで腰かけ、腕組みを自分の出番を静かに待つ。そのミリアザールの大胆不敵な態度は、自分の戦う瞬間が楽しみでしょうがないといった内心を感じさせずにはいなかった。



続く


次回投稿は、12/4(土)17:00です。


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