足らない人材、その118~縁⑮~
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「中の状況は?」
「現在正面城壁は制圧、鉄柵を開ける方法を探っている最中です。城内からの敵の反撃は軽微」
「変ですねぇ~、別に多方向からの攻撃じゃないし~、他の門や城内から応援があってもよさそうなものですが~」
アルフィリースが伝令から報告を受ける隣でコーウェンは変わらずへらへらとしていたが、その内心ではやはり疑問に思うことがあった。敵の抵抗があまりにも弱すぎたからだ。
「(まだこの城の戦闘態勢は完全には解けていないはず~。それがここまで反応が鈍いとなると~、指揮官がそもそも本来と違うか~、私たち以外の何らかの要因が城内にあるか~。どっちにしても好機ですが~、正門が開かない以上~、城内の制圧は遅れるでしょう~。もしここで日没まで粘られてしまうと~、後々余計面倒なことになりますね~。城を落とせても~鉄柵が上がらないのは難点です~)」
馬が入れなければ、様々な物資が運び込めない。つまり城壁をいちいち上って物資をやり取りしなければならない。このカンダートは外の城壁の他に、内側にももう一つ城壁がある。簡易だではあるが、一応作戦拠点としての城のようなものがあるのだ。もし万が一その城の中で防備を固められたら、一日くらいなら粘られてしまう可能性はあった。時間がかかるのは城壁を突破する時ではなく、突破した後の制圧なのだ。
そして粘られた揚句もっとも恐ろしいのは、ヴィーゼルないしクライアの援軍が到着することだった。ヴィーゼルの援軍が到着すれば城の内外で挟み撃ちになるし、クライアの援軍が到着すれば城は落とせるかもしれないが、功は正規軍にもっていかれる。悪ければ、指揮系統を乱したという理由で何らかの罰を受けるかもしれない。いずれにしても、アルフィリースが動かせる戦力のみでここを乗り切る必要があった。
コーウェンは作戦が失敗する目も出てきたと考え、アルフィリースに攻めを促すように近づこうとした。だがその前にアルフィリースの方が行動を起こしていた。
「ヴァルサス、いる?」
「呼ぶまでもない。丁度俺もお前に話したいことがあった」
ヴァルサスがアルフィリースの背後から歩いてきていた。アルフィリースは戦場で堂々と歩いてくるヴァルサスを、少し厳しい表情で見つめた。
「随分と余裕ね。私はあなたも雇ったつもりだったけど。攻め手に加わるつもりはないのかしら?」
「最初は大した戦いにならないと思っていたからな。ならば俺が参加しなかったことにした方が、費用が浮くと思ったのだ。俺は高い。
だが事情は少し変わってきたようだ、俺も参加させてもらおう」
「気を使ってくれていたようだけど、どういう風の吹き回し?」
アルフィリースが質問する横で、ヴァルサスはアルフィリースに一瞥をくれただけでその場所を歩いて横切った。
「お前も感じているはずだ、戦場の空気の澱みを。こういう空気が漂う時は、必ず良くない事が起こる。それは勝つ方にも、負ける方にもな。俺は数多の戦場をくぐる中で、こういう戦場を何度か見たことがある。
この戦いは、お前たちが勝つだろう。だが代償は限りなく大きい。そして事態は何も好転しない。このままではそういう戦いになる」
「それが歴戦の傭兵としての勘?」
「俺の勘だ」
なんとも希薄なヴァルサスの弁にコーウェンはあんぐりと口を開けたが、アルフィリースは決して軽んじてはいなかった。なぜなら、アルフィリースも同じような言いようのない不安を抱えていたからだ。ヴァルサスのように言葉で表現することはなかったが、まさに今自分の心に剣を突き立てられたような不安な気持ちになっていた。
それでもアルフィリースがそのことを口にするわけではない。
「勘、ね。でもそれだけで軍を動かすわけにはいかないわ」
「無論だ、だから俺は傭兵をしている。規則や倫理といったくだらぬものに縛られたくはないからな。それに俺が動きたい時には一人で動く。付いてきたい奴がついてくればいい」
「今回は逆の立場ですけどね」
ヴァルサスの後ろから現れたのは、長身の神父服の男だった。白の上等な布に身を包んだその神父は、アルフィリースに向けて上品に礼をした。
「初めてお目にかかります、美しい方。私はヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク0番隊所属、グロースフェルドと申します。ただのしがない従軍神父をしております」
「あ、これはこれはご丁寧にどうも」
アルフィリースは美しい方などと言われ、多少なりとも動転していた。そんなことを言われたのは、世辞にしても初めてだったからだ。
ヴァルサスがそのやりとりを聞いて、くすりともせず仏頂面のまま城に向かい始める。
「行くぞ、グロースフェルド。あまり時間がないかもしれん」
「この女性を口説く時間もないのですか?」
「見境ないのはやめておけ、お前の手には負えん女だ」
ヴァルサスの言にグロースフェルドはじっとアルフィリースの方を見ると、ふっと笑った。
「確かに」
「ちょっと、それどーいう意味よ!?」
アルフィリースは二人の物言いに怒ったように地団太を踏んだが、二人はまるで気にしていないようにその場を足早に去った。
だが去りながら、ヴァルサスとグロースフェルドはかなり真剣に話し合いをしていたのである。
「で、どうなんだ?」
「いや、確かに一筋縄ではいかなそうですね。男を知らない女は落とした後が面倒ですから」
「そっちじゃない、砦の方だ」
「ああ、そっちはもう手をつけ始めてますよ。相手の結界を抜けることは容易です。一見難解そうに見えますが、設置までの時間がなかったのか破ること自体は難しくもなんともない結界です。ですが、気づかれずに抜けるとなるとそれなりに面倒ですが」
「悟られると逃げられるかもしれん。上手くやってくれ」
「わかりました、団長の頼みとあれば。それにしても・・・」
「どうした?」
ヴァルサスはくるりと後ろを振り向いたグロースフェルドの事を気にかけたが、互いに一瞬の事であった。彼らも長く戦場で暮らす者たち。一度目標を決めたら集中を乱すことはないはずである。
だがグロースフェルドは思ったのだ。確かにあのアルフィリースという女性は、『一筋縄』ではいかないと。
「(確かにあの女傭兵が相手だと苦労するでしょうね、『彼ら』も。もう私には関係ありませんが)」
「集中しろ、グロースフェルド。ないとは思うが、貴様に倒れられると、この団は立ち行かなくなる。貴様の能力が公になるだけでもまずいのだからな」
「心得ていますよ、団長殿」
グロースフェルドはいつもの調子で少し大仰に礼をして軽く微笑むと、ヴァルサスの後に続いた。
続く
次回投稿は、8/23(金)16:00です。