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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その117~縁⑭~

***


「ふむ、中々良いですね」

「・・・ヒュウッ」


 レイヤーとサイレンスの戦いは、限りなくミレイユがいた場所に近く、だがしかし決して届かぬ場所で繰り広げられていた。彼らの戦いはまさに火花の飛ぶ激しい剣の交差であったが、戦いそのものはレイヤーが押していた。剣を振るう速度は、明らかにレイヤーの方が上だっ。サラモ砦で戦ったアルマスの上位暗殺者に比べれば、サイレンスの剣はそこまでの怖さを備えているわけではない。

 だがレイヤーが解せぬのは、レイヤーの剣は確かに何度かサイレンスに届いているはずなのに、サイレンスは傷つくどころか衣服すらろくに綻びないのが不思議でしょうがなかった。さらに、レイヤーは激しい攻防に消耗していくのに対し、サイレンスはまるで呼吸が乱れる気配がない。戦いに有利にも関わらず、レイヤーは精神的に徐々に追い詰められていた。

 腕力で明らかに優位なはずのに、踏み込んで押し切れないのがその証拠だった。


「(こいつ、まるで息が乱れない。それに喋りながら戦っている。剣技もラインのそれと似ている・・・騎士剣みたいだ)」

「やれやれ、まさかこれほど剣が使えるようになっているとは。確かに少し前までは素人だったはずなのに、よほど戦いばかりする環境に身を置いているのか。まだ少年なのに悲しいことです」


 レイヤーの剣を押し払うようにして、サイレンスが距離を取った。レイヤーもまた一度距離を取り仕切り直そうとする。どう攻めるべきかレイヤーが考えていると、サイレンスは余裕の笑みを浮かべたのだ。


「純粋な剣技では私が上でも、少々あなたの速度は厄介だ。少し本気を出しましょうか」


 サイレンスは剣を片手に持ち替えると、左手には風の塊を作り出した。レイヤーに詳しい魔術の知識はないが、何が行われているかはわかる。風の塊の魔術。サイレンスは魔法剣士なのだと、レイヤーは悟った。


「魔術も使うのか」

「今さら何を。私たちは全員『魔術士』ですよ? あのドラグレオやティタニアでさえね。騎士剣など付属の産物にすぎません」

「付属? 誰かに習ったわけではないのか?」

「一時期騎士団にいたこともありましたが、まあ道楽ですよ。剣はある程度使えれば、それ以上はあまり興味もありませんでした。何より、あの騎士とかいう人種の生き様が馬鹿馬鹿しくてね。暑苦しいのは、私に似合いませんよ――と!」


 サイレンスが得意げに話している最中に、レイヤーはおもむろに斬りかかっていた。だがレイヤーの剣もすんでの所で受け止められる。レイヤーはかなりの力を込めて剣を握っているのだが、片手のサイレンスの剣はびくともしなかった。どうやらサイレンスも姿に似合わぬ力を備えているらしい。この細腕にどれほどの力があるのか。


「ちっ」

「――人の話は聞くものですよ、少年!」


 サイレンスが目の前のレイヤーに向けて風の塊を放つが、レイヤーは合わせた剣を支点にサイレンスを飛び越えた。


「ちょろちょろと小癪な」


 次にサイレンスが左手に作ったのは氷の槍。だがその槍を放つ前に、レイヤーが再度肉迫する。


「魔術を使う暇など与えない」

「ふふ、やはりあなたはいい。だが一つ勘違いをしていますよ」


 サイレンスは不敵に笑うと氷の槍をかき消し、別の魔術の詠唱を始める。


【大地の脈に潜む大蛇おろちよ、顕現し――】

「させるか!」


 レイヤーはサイレンスの詠唱を止めんとさらに攻め立てたが、打ち合いの息継ぎを無視するかのようにサイレンスは詠唱を続けていた。しかも、器用に片手で印を組んで。

 さしものレイヤーも焦りを隠せない。


「どうして詠唱が止まらないんだ!」

「さあ、なぜでしょうね?」

【――我敵を縛する鎖とならん】

大地アース蛇鎖バインド


 サイレンスの足元が変化すると、石でできた蛇がレイヤーの四肢にからみついて動きを止めようと襲いかかる。レイヤーは身をよじって躱したが、次々と出現する蛇に、ついにつかまり壁に叩きつけられた。


「うぐっ」

「あっけないものですね、所詮はただの戦士。魔術を使えばどうということはない」

「風、水、地。三属性も使えるのか」

「いやいや、五属性ですよ、ほら」


 サイレンスは左手に炎を作って見せる。炎はレイヤーを小馬鹿にしたように、サイレンスの手の中でゆらめいていた。


「体に傷がつかないのを不思議に思っていたかもしれませんが、そのタネは金の魔術です。そのおおよそを錬成魔術として知られるこの系統が一番得意でして、私の体をあたかも鋼鉄であるかのように強化してあります。また腕力そのものも錬成魔術で強化できますから、あなたの剛腕をもってしても片手で打ち合うことが可能です。理解しましたか?」

「なるほど、それで――」


 納得がいった、とレイヤーは思い出した。スラスムンドでサイレンスと戦った時、確かに一撃を体に叩き込んだはずなのに、金属音のような衝撃と共に弾き返された。だがそれも、魔術ならば理解できる。

 だがそうなると容易な敵ではない。騎士、それもかなり上位の力量を持ち、なおかつ腕力でも互角以上。速度もやろうと思えば強化できるのだろう。さらに戦いの最中でも息も上がらぬ持久力を持ち、魔術の属性も豊富。防御も固い。さらに隠し持った力はそれだけではないだろうと、レイヤーは想像していた。


「(五属性を扱うだけではあのように人形を使うことはできないのではないだろうか。まだ何かあるはずだ――それがわからなければ、きっとこの相手には勝てない)」

「さて、こうして捕えてしまえばどうということはないのですが・・・どうしたものですかね、こうもあっさり決着がついては面白くありません。この砦も長くはないでしょうし、あまり時間がかけられないのが残念ですね。他の面々に気づかれる前に全てをやり終えねばいけませんし、どうやら余計な人間達もこちらに来ているようだ。この少年はさらって、後でゆっくりとなぶり殺しにするとしましょうか。

 そのような予定でいかがですか?」


 サイレンスの問いかけに、レイヤーは何も答えず睨み返すだけだった。その態度にサイレンスが首を振る。


「やれやれ、もう少し子供は可愛げがあるものでしょう?」

「必要があればそのように振る舞うさ」

「・・・本当に可愛くない子だ。もういい、ここは引き払うとしましょう」


 サイレンスが首を振り何かしら結界の中で詠唱を始めるに当たり、レイヤーは脱出の機会を探った。だがサイレンスの結界の中では勝手もわからず、レイヤーは内心で焦り始めていたのだった。



続く

次回投稿は、8/21(水)16:00です。

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