足らない人材、その114~縁⑪~
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「早く扉を開けろ、敵が引いた今しかないぞ!」
「だがそうは言うが、何か相当大きい物で塞いでやがる。びくともしねぇ」
「ならば斧で打ち壊せ!」
「くそっ、誰だこの扉をこんな頑丈に作った奴は!」
兵士たちは口々に文句を言いながら、レイヤーの立てこもる部屋に押し入ろうとしていた。そして先頭にいる兵士がより力を込めて大きく斧を打ち付けると、扉はあっさりと開いたのである。そして勢い余って兵士が中に転げ込もうとしたところ、その兵士が突如として大きく部屋の外に吹き飛ばされた。外にいた仲間たちが彼を受け止めようとして、あまりの勢いに同様に吹き飛ばされる。
「ぎゃあ!」
「なんだなんだ?」
兵士たちが何事かと注目する。すると扉からひょっこりと顔を出したのは、道化者の仮面をつけた少年のように小さな男が顔を出したのだった。
予想外の人物の出現に、外にいた兵士たちの動きと思考が止まる。
「・・・はぁ?」
「あ、あれは俺が一昨年の宴会で使った――」
「20人と少しか。意外と少ない」
兵士たちが何かを言う前に、レイヤーは素早く行動を起こした。一瞬顔を出して外の様子を確認すると、すぐさま飛び出して外の兵士たちを蹴散らし始めた。
まだ吹き飛ばされて体勢の整わない兵士の顔を踏みつけると、そのまま飛んで兵士たちの肩や頭を蹴り飛ばしながら、彼らの間を駆けぬけた。
兵士を斬り倒さなかったのは、この天井の低い廊下では混戦になると逃げ場がないと悟ったからである。それに目の前で仲間を殺されると、全員が躍起になる。いかにレイヤーが強かろうとも、袋小路に閉じ込められて戦いを強要されれば、いつか力尽きる。彼らが混乱しているうちに、レイヤーは一気に兵士を置き去りにした。
「素早いぞ!」
「応援を呼べ!」
兵士たちがレイヤーを捕まえようと叫ぶが、レイヤーは一歩で距離を開けながら、二歩目で完全に彼らを置き去りにした。
だがレイヤーが逃げた先、曲がり角の向こうにはさらに大勢の敵がいたのだ。
「おっと」
「・・・? なんだこの仮面――」
兵士の一人が不用意に手を伸ばし、レイヤーは反射的にその手を斬りつけた。兵士が叫び、その声に周囲が反応する。だが兵士たちが振り向くその間を、レイヤーはまたしても駆け抜けた。今度は兵士たちを適度に斬りつけ、蹴飛ばし、強引に突破する。廊下が少しだけ広かったからできた芸当だった。
またしても突破に成功したレイヤーは、城壁の内側に出た。そこではエアリアルが精鋭を率いて戦っていたが、彼女はこれ以上ここで戦うのは不利と判断したのか、仲間をまとめて別の場所に移動した。当然、兵士たちも彼らにつられてその場を離れる。
レイヤーは内心でありがたいと思いながら、今出てきた扉の取手を力づくで捻じ曲げてから、その場から影のように走り去って身を一度隠す。
横目でレイヤーが見たのは、巨大な鉄柵の門。武骨なその構造は、少々の攻撃ではびくともしなさそうなだけの威圧感を備えていた。レイヤーは突然飛び出すとその門に向かい、周囲にいた兵士をまとめてなぎ倒し、門に手をかけ精一杯の力を込めてみた。
「むん! ・・・と、さすがに無理だね。何か特殊な魔術でも使っているのかな、妙な門だ」
レイヤーは鉄柵を破壊するのは諦め、この鉄柵を上げる方法を考えることにした。レイヤーはまだ息のある兵士を適当に物陰に引き摺って行くと、彼に剣を突き付けながら詰問した。
「この鉄柵を上げる方法は?」
「し、知らない」
口を割らぬ兵士に、レイヤーは無言で兵士の足を刺した。
「ぎゃああ!」
「時間稼ぎはよせ。僕の気は長くない、話さないのなら殺す」
「ほ、本当に知らない! 俺はこのカンダートに元々勤めている兵士だが、こんな鉄柵ができたのはつい最近のことだ! どこに仕掛けがあるのかも知らないんだぁ・・・」
「ならばその場所を知っている者は?」
「今の指揮官・・・は知らないと思う。普段の俺達の指揮官は後方に一度撤退したんだ。この城の留守を任されたのは傭兵だ」
「なんて奴だ?」
「名前は知らねぇ。だけど女だった、若い女だ。でもあいつも知らねぇはずだ。だって、突然留守を任されていやに張り切ってたからな。この鉄柵を予め用意したとはとても思えねぇ」
「ならば誰が・・・考えても仕方ないか。仕掛けで開閉する絡繰りなら、近くに仕掛けがあるはずだ」
レイヤーは先ほどまで潜入していた場所の反対側に顔を向けた。探る価値はあるだろう。そしてまた周囲では兵士が集まり始めていた。どのみち身を隠す必要がある。
レイヤーは尋問していた兵士に当身を食らわせると、その体をばれないように隠した。兵士は殺してしまっても問題なかったのだが、必要ない殺しをするのは一流ではないとルナティカから教わっていた。そのまま壁伝いに移動し、手ごろな入り口からさっと城壁の中に体を滑り込ませた。
レイヤーが滑り込んで潜めた息を開放しようとすると、その暗がりの中には多数の兵士がいることがわかった。兵士たちが一斉にレイヤーの方を見る。
「くっ」
レイヤーは剣を手にする前に違和感を感じた。兵士たちの反応がおかしい。確かにこの部屋に入った自分が注目されるのはわかるが、中にいた兵士30人そこらが同時に自分に反応するものだろうか。それにそもそも、この場にいた兵士たちは何をしていたのか。この部屋で警備についているにしろ、厳戒態勢のこの砦で暗がりの中、全員が座っているのはおかしかった。
レイヤーは瞬時に剣を握り、この部屋にいる者全員を殺すことにした。この部屋にいる兵士たちはおかしい、不快だ。それがレイヤーの出した結論だった。
そうと決めたレイヤーの動きは速い。のそりと立ち上がる兵士たちがそれぞれの武器を構える事も満足にできないまま、レイヤーの剣は彼らを蹂躙していた。最後の兵士がレイヤーと剣を合わせることに成功したが、武器ごとレイヤーに一刀両断された。その手ごたえと死体を確認し、レイヤーが呟く。
「やっぱり、こいつら人間じゃない。これがルナティカに聞いた人形か」
レイヤーが振り返って見たのは、人のような形をした何か。食べる、動くなどの人として最低限の行動を疑われないように作られた、明らかに内容物の足りない何か。これがどうやって動いていたのかはレイヤーには謎だったが、どうやらねじまき人形のようにでもなっているのか。心臓の代わりには巻時計が回ると心臓そっくりの音がするような仕掛けが施してあった。
「こいつら、全部人形なのか? でも外にいた連中は人間だった。どこからどこまでが人形なんだ・・・いや、そもそも関係ないか。僕は与えられた仕事をやるだけだ」
レイヤーは一つ大きく息を吐くと、本能に従って動き続ける。もはやいつの間にか思考は停止し、実に単純な考えが頭に残るのみ。目の前の敵をいかに効率よく切り刻み、動けなくするか。レイヤーの思考がその一点に絞られると、彼の剣は驚くほどなめらかに動き、敵の命を奪っていく。
途中から戦いというよりは解体作業と呼んだ方がしっくりとくる状況となった頃、レイヤーの心をふと引き寄せる扉を見かけた。罠。そんなことは本能でレイヤーは理解している。殺戮に没頭する自分の心を惹きつけるものなど、現世のものであろうはずがない。
だが引くわけにはいかない。あの扉の先には目的のものと同時に、ひりつくような刺激が待っているはずなのだから。
レイヤーは、既に返り血がぬめりを通り越して乾きかけた手で扉を開けた。だが中には誰もおらず、単純な取っ手だけが置かれている簡素な部屋だった。レイヤーは何かに誘われるように部屋の中央に備え付けられた取っ手を引き、反対側に動かした。その瞬間、突如として世界が反転したのである。
突如として周囲は毒々しい肉のような壁に変わり、腐臭が漂っていた。いつの間にか背にしていたはずの扉はなく、取っ手は化け物の触手のように変化し、レイヤーの体に絡みつこうとしたのだ。
レイヤーは無表情のままその触手を冷静に引きちぎると、壁に向けて叩きつけた。同時に、レイヤーには珍しく苛立ちを隠せない声が、自然と口をついて出たのだ。
続く
次回投稿は、8/16(金)17:00です。