足らない人材、その113~縁⑩~
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同様の状況をアルフィリースたちは城の外から見ていた。今まさに自分たちが突撃しようとしたその瞬間、内側に鉄柵が下りてきたのである。
「あれはなんだ?」
「どうなっている?」
最前線を駆ける仲間たちに動揺が走る。その様子は後衛を駆けていたアルフィリースにも伝わった。
「コーウェン、あれは?」
「不測の事態です~。でも戦いに想定外の出来事はつきもの~。これくらい乗り越えられなくてどうしますか~?」
「言われるまでもないわ。前線の兵士たちは何をすべきかわかってる」
アルフィリースが命令するまでもなく、前線ではダロンが走る速度を上げていた。そしていの一番に鉄柵に取りつくと、その鉄柵を力づくで壊すべく全力を込めた。
「ぬぅあああああああ!」
だが鉄柵はわずかに形を変形させただけで、彼の怪力をもってしても破壊は不可能であった。そうする間にも、門の中からは槍や矢が飛んできたため、ダロンは引かざるをえなくなった。
「だめだ、何らかの魔術措置が施されている。力だけは破壊は無理だ」
「ならば魔術ね。そこをどきなさい」
ミュスカデがずいと前に出ると、巨大な炎塊を作って鉄柵にめがけて放った。多少の耐魔術なら、その耐性ごと吹き飛ばすかと思われたのだが。
「・・・何? びくともしないっての?」
いや、多少なりともやはり変形はしていた。だが、変わらず鉄柵はそこにあったのだ。確かに要塞の門は魔術ごときで簡単に開けられるようなことがないように、念入りに耐久性を上げられている。それこそ、並みの魔術士の魔術ならば、100や200そこらの攻撃魔術ではびくともしないはずである。
だがこのカンダートは比較的古い城であった。いかにこのたびの戦で戦闘用に補修したといっても、限界がある。そしてコーウェンが一度ここを偵察に訪れた折、確かにあのような鉄柵はなかったのだ。これはコーウェンが偵察した一月にもならぬ前から急遽作られたものに違いない。
ならば、ミュスカデの魔術を弾くような処理を施す暇はないはずだ。それがアルフィリースを始めとした、魔術の心得のある者達の発想だったのだが。ミュスカデが炎のような色の目をして、悔しがる。
「ちっ、どうしたもんかね」
「悩む暇はない。来るぞ」
「え?」
ミュスカデの返事を待たずに、ダロンが彼女の首根っこを掴んで引き返す。その頭上からは矢が降り注いでいたが、ダロンは自分用にしつらえてもらった巨大な手斧で矢を叩き落として後退した。残りの面々も彼に続く。
奇襲は失敗した。すでに敵は城壁の上で迎撃態勢をととのえている。
「むう、予定と違うな」
「あんだよ、門を閉められたらどうするってんだ? エアリアルが死んじまうだろうが。それに架け橋も上げられちまったらお手上げだぜ?」
「御心配なく~、手はいくつか打ってあります~。私たちは少し距離を取って矢でも射掛けながら、様子を見ましょう~」
「大丈夫かよ、この軍師サマ・・・」
ロゼッタの不安も尤もであったが、コーウェンだけでなくアルフィリースも落ち着いてこの様子を見守っていたので動揺は少なかった。コーウェンはシーカーたちの部隊に命じ、遠方から矢を射かけながらしばし膠着状態とするのであった。
***
「一度引いた・・・?」
中にいたレイヤーは見張り用の覗き窓から外の様子をうかがっていたが、寄せ手が引くのを見て異常を察した。急襲はどういうわけか失敗したらしい。何か不測の事態が起こったのかと、レイヤーはいぶかしがった。
「衝撃は感じた、だけど突入してこない・・・何か邪魔があるのか?」
レイヤーは既に、跳ね橋を下ろすための仕掛けは押さえていた。橋でもあり門でもあるカンダートの正門は、大人が二人がかりでないと引けないような大きな仕掛けである。レイヤーの腕力ならば片手で動いてしまうのだが、今はその仕掛けにつっかえ棒をして、動かないように固定していた。当然、中にいた見張りは既に仕留めている。三人程度の見張り、レイヤーにとってどうということはなかった。
今は部屋の扉を塞ぎ、中に立てこもっている最中だった。既に中に立てこもっているのは気づかれたので、外には相当数の兵士が集まっている。外では騒いだり扉を打ち壊そうとする音が響く中、レイヤーは一人冷静に状況を分析していたのである。
「一度兵を後退させるほどの障害があるのか、はたまた別の理由か。さて、どうするべきかお伺いをたてよう」
レイヤーは懐から一つの木の板を取り出した。その木の板をじっと見ていると、やがて字が浮かんでくるではないか。
その木の板はコーウェンがレイヤーに持たせたもの。魔術を使っての通信装置である。このような通信装置はもちろん魔術協会では用いられることがあるが、もっと限定的な条件でしか使えない事が多い。コーウェンがこのような事をできるのは、彼女がこの魔術が何を差し置いても戦闘に役立つからと考えたせいである。むしろ、この魔術をコーウェンが完成させるために、彼女は今までメイヤーにある自分の研究室にこもっていたと言ってもよい。
まだコーウェンとその他一人でしか運用できない魔術だが、いずれは多人数との交信を可能にしてみせる。そのようにコーウェンは企んでいた。その奥の手の魔術を使い、コーウェンはレイヤーとやり取りをしていたの。もっとも交信と言っても、コーウェンからの一方的な送信、命令でしかなく、距離も回数も限定的だ。
「何々・・・『テッサクジャマ、ハイジョシロ』か。簡単に言ってくれるね。けど仕方ない」
レイヤーはゆっくりと背筋を伸ばし、脚を曲げ伸ばしすると一度は塞いだ扉を見据えた。その瞳に、冷たさが宿る。
「さて、やるか。結構な数を殺さないといけないかもね」
レイヤーは頭の上にあげていた仮面を下ろすと、ゆっくりと扉に向かったのである。
続く
次回投稿は、8/14(水)17:00です。