足らない人材、その112~縁⑨~
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「(・・・やはり妙だ)」
カンダートの砦を闇に紛れて潜行するルナティカは、違和感に囚われていた。カンダートは市民が生活する町と融合した砦である。砦の中には、兵士よりもはるかに多くの市民が生活しているはずだった。
兵士が3000人とするならば、ざっと市民はその10倍はいるだろうか。根拠のない計算ではあるが、市民を避難させているとしても、最低10000人くらいはいるはずだとぼんやりと計算していた。
事実、もうすぐ朝になるせいか各家屋からは炊煙が立ち上っている。そのこと自体はよいのだが、炊煙の数と、人の気配が「合わない」のではないかとルナティカは感じた。もしそうなら、考えられる可能性を一つ思い当る。
「(試す? いや、一つ間違えると大事件になる。だが・・・)」
ルナティカが逡巡するうち、目の前の家から主婦らしき女が一人、籠を手に出てきた。どうやら外につるしてあるタロ芋を取るつもりらしい。
ルナティカはしばし考えたのち、女性の背後から忍び寄ると、その口を塞いで四肢を縛り上げて拘束した。何が起きたのか理解できない女性の目が怯えの色に曇り、じたばたと暴れはじめる。だがルナティカの拘束は、並みの女性の力では解けない。
しかしルナティカはその主婦が暴れる様を、何をするわけでもなくじっと見ていた。マチェットを抜き、主婦につきつけるとそのまま微動だにせず、ただ見ていたのだ。
そしてしばしの後――
「やはり、そうか」
ルナティカは確信の元、主婦の首を刎ねた。するとぱっと潜血が飛び散ったが、主婦の体はびくびくと痙攣を続けるというよりは、先ほどまでと変わらずじたばたするだけだった。そう、まるでねじまきの壊れた人形のように。
ルナティカは気が付いていた。この砦には異常なまでに、人の形をした人ならざる者が多いことに。最初は何がいるのかと訝しんだが、どうやら以前始末した人形と同種の存在のようだった。もはや確信さえ持ってしまえば始末自体は簡単だが、問題は以前アルネリアで始末した人形とは比べものにならないほどの数。ただアルネリアの人形とは少し種類が違うせいで、ルナティカも一目で見分けられるわけではなかった。
精巧さでいえばアルネリアにいた人形の方がかなり上である。アルネリアの人形は、追いこんだり動き回らせても心音が一定だということで見分けていた。途中からは肌の質感、目線の配り方、癖などでも見分けられるようになったが、ここにいる人形に関してはルナティカも初見だった。
ルナティカは最初に人形を見分ける時はアルネリアの協力を仰いだ。だがここではそんなことをしている暇はない。そこでルナティカはとりあえず人形と思われる者を追い込んで様子を見たのである。すると、主婦はそうしろと命令されたように同じもがき方をするだけで、一向に生死の境で本気でもがきまわっているように見えなかった。
ルナティカは一つの結論を得る。つまり、自分の感じた違和感の正体は人形なのだと。だが――
「(この数、千はゆうに超えている。この数をどうする? 見分けがつくのは私だけなら、とてもではないが相手など――)」
「手を、貸そうか?」
ルナティカが思案に暮れる中、思いもかけぬ人物が彼女の背後にいたのである。
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「無理に勝とうとしなくていい、やられない事だけ考えろ!」
「わかっています!」
門付近で奮闘するエアリアルその他10騎の精鋭。彼らは豪快にカンダート内に侵入したあと、後から来るアルフィリースたちのために門周囲の敵を蹴散らし、侵攻路を確保するつもりでいた。
ここまで敵の結界には一度も捕まっていないし、今度はミュスカデも仲間にいる。ラーナと合わせてさらに魔術的な索敵に抗する術を持ったアルフィリースたちは、一度たりともここまで敵に発見されていないはずだった。
なのに、門の中には待ち構えていたかのように敵が山のようにいた。いや、敵も半信半疑でそこにたむろしていたのか、迎撃の準備をしていたわけではなかった。もし準備が万端だったら、エアリアル達は門の中に飛び込むと同時に雨のように矢を撃たれていただろう。
だがエアリアルが前面にいた30人ほどを蹴散らすと、そこかしこの建物から蟻のように兵士たちが群がって来た。彼らは最初こそ驚いたような顔をしたが、何人かの兵士がエアリアルに向かって突撃したのを機会に、次々と襲いかかってきた。
エアリアルは手裏剣や弓矢、魔術まで駆使して戦ったが、どうにも多勢に無勢だった。エアリアルが前面の敵を薙ぎ払ったところで、門の方を振り返る。意思疎通をしながら襲い掛かってくる人間の軍隊は、時に大草原の魔物よりも戦いにくい。
「コーウェン殿の言うとおり、跳ね橋は上がってないな。どんな作戦を仕掛けたか知らんが、直にアルフィリースたちも来る。これなら――」
だがエアリアルがそう期待した時、突如として鉄柵でできた内門が、がらがらと重苦しい音を立てて降りてきたのであった。
「何っ!?」
エアリアルは目を見張った。それはそうだろう、アルフィリースの作戦では電光石火の突撃が肝心だったため、破城鎚などの大型攻城兵器は持ち込んでいない。つまり、門が閉じられれば突き破る術がない。当然門であるからには、対魔術用の処理も済ませているだろう。だが、そのような門の存在は聞いていなかったので、エアリアルも確認していなかった。
内門の存在は、まさに青天の霹靂だった。
「閉じ込められたということか・・・いかん。お前たち、ついてこい!」
エアリアルの判断は早かった。仲間に一声かけると、その場をさっと引いたのである。おそらく鉄柵を上げるための仕掛けは門の近くにあるのだろうが、この戦力ではその場所の探索もままならないと踏んだ。
エアリアルは仲間を生かすため、最初から予定されていた場所へ馬を走らせ、戦いやすい場所へと仲間を率いて移動したのだった。
続く
次回投稿は、8/12(月)17:00です。