足らない人材、その111~縁⑧~
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「ゴート、不服そうだな」
「当然だ! 私はまだ満足に戦っておらん! それに貴殿は何も感じないと言うのか、ヴァランド殿。ウーズナムは戦乱の中とはいえ、わけのわからぬ誰ぞに殺されたのだぞ? 騎士として、仇を討たんでどうする?」
「それはもっともな言い分だ。だが騎士なら上官の命令には絶対服従であろう。今回の撤退もオーダイン総隊長が決めたことだ。そうだな?」
「む・・・その通りだ」
黄騎士ヴァランドの言葉で、茶騎士ゴートはあっさり引いた。頑固で実力至上主義のゴートも、自分が認めたオーダインの決定とあれば素直に従うのが常であった。
だが今日の彼はいつもと違った。それだけウーズナムの死がゴートにとっては大きかったようだ。暴虐の騎士も、仲間の死には敏感である。
「だがやはり私はウーズナムの仇を討つべきだと思う。今は無理でも、仇をはっきりとさせ、来るべき時に備え――」
「その辺にしておけ、それすら考えるのはオーダイン隊長だ。お前のような脳みそまで筋肉の人間が頭を使おうとするとろくなことにならん。頼むから勝手に先走ってくれるな」
「何を! 誰がそのようなことを申すか?」
ゴートが振り返った先には、全身赤い鎧に身を包んだ、小柄な騎士が馬を進めていた。馬は非常に立派だったが、いかんせん騎士は不釣り合いなほど小柄だった。少年のような容姿は言ってしまえば、騎士として少々みすぼらしくさえある。しかしその赤い騎士を見て、ゴートは少し畏れるように体を馬ごと引き、道を彼に譲ったのだった。
「メルクリード・・・いつ来た?」
「さきほどリアンノと共に。オーダイン総隊長がお待ちだ、すぐに合流するようにと言われている。お前たちも後で挨拶をしておけ」
「それはいい。だがメルクリード、貴様には仲間の死を悼む気持ちはないのか?」
ゴートは無表情で通り過ぎるメルクリードに食い下がった。激情家のゴートとしては、いつも冷静なメルクリードが気に食わない。いや、本来メルクリードがそのような性格でないと知っているからこそ、気に食わないのだ。
『血戦のメルクリード』。カラツェル騎兵隊の中で最も激しい戦い方をし、獰猛を超えた残虐性で知られる、カラツェル騎兵隊最強の兵団を率いる隊長。これほどの男が戦場にいれば遠近に名前が聞こえてきそうなものだが、ゴートはカラツェル騎兵隊に入るまでメルクリードの名前を聞いたこともなかった。いまだにどこに仕えた騎士だったのか彼は語らないし、オーダイン以外その出自も知らなかった。
だが強さだけは本物である。ゴートも一目置く狂戦士は、その血の色の鎧とは裏腹に澄んだ瞳で彼の質問に答えた。
「ないわけではない。だが悼んでも無駄だ、今はそのような時ではないからな。もし俺がウーズナムの死を悼む時があるとすれば――」
「あれば?」
「それは彼の仇を見つけた時だろう。その時はウーズナムの死を悼みながら、敵にこの世に生まれてきた事を後悔させながら殺してやるだけだ。縁があればウーズナムの仇とは戦いの場で出会うだろう、それまで怒りはとっておけ。いいな?」
「・・・わかった」
ゴートは逡巡のあと、引いた。メルクリードが口にしたことを違えたことがない。だが、仇の姿は求めねば届かぬのではないかとゴートは思うのだ。同時に、メルクリードには何らかの策があるのではないかとも思ってしまう。
だがメルクリード本人は何を考えていたのか。彼は変わらぬ歩調で馬を進めると、先を歩く二騎にゆっくりと追いついた。
「オーダイン隊長、やはり仲間たちの不満は募っているようだ。黄騎士、茶騎士共に同じく戦った者は悔やんでいるようだな。青騎士の部隊もウーズナムの死を知り動揺している」
「そうか・・・隊長格の人間を失うのは久しぶりだからな。動揺も隠せないか」
「このまま捨て置くのか?」
「いや」
カラツェル騎兵隊総隊長、オーダインは隣で馬を並べる紫の鎧の騎士を見た。リアンノと呼ばれる女騎士は、メルクリードとは別の冷めた目でオーダインに応えた。その瞳は、光線の具合で鎧と同じ紫に見えなくもない。そのリアンノが務めて事務的な口調で話す。
「リアンノ、どうだ?」
「私の手持ちの兵団だけでは追跡は困難でした。敵は長距離転移を使って離脱した模様です。転移先の座標特定は不可能でした」
「魔術協会ならば可能だろうか?」
「いえ、それも不可能だと思われます。そもそも複数回転移を繰り返して逃走されると、それだけでも追跡に幾日、下手をすると何月も要します。ましてこれほど高等な魔術を操る連中は、追跡されるような間の抜けた連中ではないでしょう」
「ならば手はないか?」
「いえ、手はあります。追うのが難しいのなら、おびき出せばよいのです」
リアンノは平然と言い放った。その言葉にオーダインはメルクリードに目で是非を問うた。メルクリードはオーダインの意図を解し、ゆっくりと頷いていた。
「団長のなさりたいように。他の誰が同行せずとも、俺だけはついていきましょう」
「僭越ながら私も御同道させていただきます。どうせ他に行くあてもありませんので。他の者も似たようなものでしょう」
「すまんな、この戦が不服だと突然の離脱を命令し、今度は戦地に好んで飛び込もうとする。朝令暮改な指揮に引っ張りまわされる貴殿たちには良い迷惑だろう。だがこの戦には義はなかった。
しかし、いつものように一つだけ約束しよう。私は私怨では戦わない。私たちが力を振るうのは、常に弱者のため。そう願ったからこそ、私は流浪の騎士となったのだから。これこそが我が誓約である」
「「御随意のままに」」
二人の随伴する騎士はオーダインに頭を垂れると、オーダインの後をついて歩んでいった。今回の戦いで、カラツェル騎兵隊の損害は実に甚大なものであった。最近の戦果としては最低の、一部隊をほとんどまるごと失うという大失態。それ以上に相手に与えた損害もあるのだが、彼らの損得勘定には合わなかった。
この業績に誰もが憶測を立て流言飛語が飛び交ったが、当の騎兵隊はどこ吹く風であった。そして彼らは変わらずオーダインに付き添い、大陸を巡る。それぞれが騎士の時分、果たせなかった誓約を守るために。
オーダインは男には珍しい長髪をたなびかせながら、自らが去ろうとしている戦場を少し振り返った。戦場にはまだただならぬ気配が漂っている。もうひと騒動あるだとろうと、オーダインは睨んでいた。そして気になる相手もいた。
「(わが部隊を三度退けた女傭兵か。会ってみたかったが、今回は縁がなかったか)」
と考え、今度こそ彼は振り返ることなく、その場を後にしたのだった。
続く
次回投稿は、8/10(土)18:00です。