足らない人材、その110~縁⑦~
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「私は念のため砦の中を探る。レイヤーはここで待機。時間が来たら一人でも事を起こすこと、いい?」
「とは言われたけどね」
レイヤーとルナティカは闇に乗じ、既にカンダートに潜入していた。さすがに兵士や人足に紛れて忍び込むのは難しそうなので、夜を待って城壁をよじ登り、忍び込んだ。高くて広く、古い城壁には必ず死角がある。この2人の身軽さなら、突けない隙ではない。
そして彼らは跳ね橋を上げる仕掛けの場所を確認すると、一番近くの手頃な場所に潜伏した。物置の奥には小さなレイヤーとルナティカならいくらでも隠れる場所がある。幸いにして物置に入ってきた人間は、入り口近くの荷物にしか用がなかった。
しばし潜伏して安全を確認すると、ルナティカは砦の中を探ると告げ、その場を離れた。そして何か事があれば、レイヤー一人でも実行するように言い残して。
これはルナティカが科した試練でもあったが、レイヤーも言われるまでもなくそうするつもりだった。また先ほどのサラモ砦の事を考えても、何かこの砦に不測の事態が起こらないとも限らない。もう先の戦いでレイヤーが使えることは分かっている。仕掛けの部屋にいるであろう3人程の兵士なら、レイヤーなら一瞬で打ち倒せるだろうと互いに思っていた。
「(問題はその後だね。誰にも顔を見られることなくその場を死守し、そして味方が来る前に脱出して、かつ自陣に戻る。これは困難な仕事かもしれない。ルナティカは何らかの脱出路を考えているんだろうけど、リサのセンサーが逆に厄介になる。あの警戒網にかからないように脱出するのは難しいから、できれば砦の反対側から大きく迂回したい。
やれやれ、敵の砦のど真ん中を突っ切る事になるのか。もうちょっと色々と手段を考える時間が欲しかったな。それに最も大きな問題は、顔がどうしたらバレないようにするかだ。見られた相手を全員切り捨てるのは難しいだろうし)」
レイヤーは剣に頭をこんこんとぶつけ、思案顔で一人悩んでいた。やがて物置には明かり取りからうっすらと陽が入り始めた。そろそろアルフィリースたちが攻撃を始めるだろう。
「仕方ない、出たとこ勝負だね。なるようになるか・・・ん?」
レイヤーはわずかに射した陽の光から、物置の様子がうっすらとわかった。その中に、何かの面のようなものを見つけたのだ。
それは兵士の一人が宴会の出し物で身に着け、そして放置された物なのだが、そんな事をレイヤーは知りもしない。ひょうきんな男の表情を模した面は、完全に道化者がつける面であった。その面を見てレイヤーはしばし考える。
「・・・まあ何もないよりましか。今度はもっとちゃんとしたものを持ち込もう」
と、その面を被るのであった。
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「では始めましょう~。アルフィリース団長、合図を~」
「頼んだわ、エアリー」
「心得た」
アルフィリースが頷くと、エアリアルが団の精鋭と共に駆けていく。彼らはわずか10騎にて、後続が到着するまでの時間をしのがなければならない。しかも彼女たちが用いたのは大草原産の、普通の倍以上は速く駆ける馬。より突入までの時間差は大きいだろう。
そして彼らが馬を駆け出した直後、アルフィリースの剣が頭上から振り下ろされる。
「続けぇ! あの城を一飲みにしろ!」
アルフィリースのかけ声の元、兵士たちが一斉に駆け出す。その数、およそ2000。アルフィリースが率いた中では最も多い数となった。
対する城の守備兵の数はおよそ3000。普通ならば落とせる道理はない戦力差。電撃作戦による奇襲が、もっとも高い確率でこの城を落とせる作戦だった。
同時にこの一回の作戦でこのカンダートが落とせなければ、もはやこの後の手はない。ファイファーが兵をまとめ、一日から数日遅れでおそらくはこの地域に乗り込んでくる。もしその時にこの城が落ちていれば彼らは占領軍としてカンダートを占拠し、落ちていなければ示威行動としてヴィーゼルを牽制し、そのまま和平交渉に入る予定である。アルフィリースに許可された猶予はこの一回の戦闘だけであった。そのことをもちろん隊長たちは皆知っている。アルフィリースがファイファーとの交渉で得た、功をなすための一度きりの機会であった。砦を襲った巨人を、敵軍に雇われた傭兵と共に撃退しました、ではなんの戦功にもならないと、アルフィリースは知っていた。
だがその中で一人あまり浮かない顔をした者がいる。それは意外にもロゼッタだった。その傍で走るダロンが、いつもの覇気を持たない彼女に気付いた。
「どうした、浮かない顔だ。らしくないぞ」
「うるせぇ、アタイだって落ち込むことくらいあるさ」
「何があったにしろ、戦いに集中しろ。戦場でそのような顔をしている奴は真っ先に死ぬ」
「そう簡単に死なねぇさ、アタイは悪運だけは強いんだ」
「それは死にたがりの言葉だ。生き残れることを悪運などというな。貴様がこれほど長く戦ってこれたのは、それなりに天と精霊の加護があってのことだ。そして実力もな。
だいたい貴様に死なれると、戦場で競う者が減る。それはつまらん。だらしがないのは男関係だけにしておけ」
その言葉にロゼッタが黙った。
「(なんだよ、昔のアタイの相棒みたいな事言いやがって。どいつもこいつも、勝手な野郎共ばっかだな。たしかにアタイ達は自由勝手な傭兵だ。だからどこでどんなことをして、何を考えて死ぬかは自分で決められると思ってた。だけど、あんな・・・あんな死んでまで利用されるなんざ、まっぴらごめんだよ。
ララベル、ただ暴れるだけの人生だったアタイにも、ついに剣を振るう意味ってのができたかもねえ。あいつらは、根絶やしにしてやる。私の剣で!)」
「うらああぁあああ! しょうがねぇ、やったらぁああああ!」
黙った後に、突如としてロゼッタが吠えた。周囲は一瞬驚いたが、彼女が元から率いていた傭兵たちと共に、さらに突撃は加速した。ダロンは目を丸くしながら、ふっと笑って彼女に続くのだった。
だがロゼッタの咆哮は味方を勢いづけると共に、当然敵にも警戒させる結果となる。まだエアリアルは城門の中に到達していない。エアリアルは後ろを見ながらため息をついた。
「やれやれ、我が突入するまでは静かにしてほしかったが。仕方ない」
エアリアルはシルフィードの腹を蹴り、速度を急上昇させると単騎でカンダートの城内に突っ込んだ。すると、敵はまだ城門の周囲で騒いでいるだけの段階であり、兵士たちは突如として城内に現れた白馬にまたがるエアリアルを見て、ぽかんとしていた。
エアリアルは背中の槍をすらりと抜くと、彼らに向けて突き出した。
「抵抗がないということは、既に降伏したということか? もしそうなら張り合いに欠けるが、作戦は成功ということで武装解除を求めることになるが・・・む、これで手順はよかったか?」
エアリアルが学んだ、大草原の外の戦の作法を思い出しながら兵士たちに語りかける。大草原ならば問答無用で首を狩るのだが、さすがに無法の戦いでない以上はエアリアルにも躊躇われた。
そしてエアリアルが敵だとようやく認識した兵士たちが、慌てて剣を抜いた。その様に満足そうなエアリアル。
「うむ、これで戦ってよいな? 全く、作法などとは面倒な世の中だ。そういえば名乗りなどというものもあったような・・・まあよかろう」
エアリアルは手順を忘れていたことを思い出すが、どのみちその心配は不要であった。白馬にまたがる緑の髪の女戦士エアリアルが尋常でない強さを誇る事は、すぐに砦の誰もが知る事となるのだから。
続く
次回投稿は、8/8(木)18:00です。